top of page
  • hccnichigo

2024年3月17日 マルコの福音書6章

「預言者が敬われないのは、自分の郷里、親族、家族の間だけです。」6:4(抜粋)


 上の御言葉は、故郷のナザレの人々が主を理解できなかったことが記されている。彼らは、主の知恵に満ちた教えが神から来たことを悟ることができなかったのである。つまり、ナザレの人々は、若いころの主イエスを知っていたゆえにかえって不信仰となったのである。そして、主イエスは、そこでは、彼らの不信仰のゆえに奇跡を行うことができなかったのである。


 普通なら、大活躍をしてこられた主イエスが故郷に帰れば、故郷に錦を飾ることで大歓迎されて、喜び、お祝いをするものである。しかし、ナザレの人々の心中は、主イエスの人間的な背景(なぜ大工のせがれが、と疑い、嫉妬したのである。)を知ることが、つまずきとなったのである。


 伝道するときにも言えることではないだろうか。一番むつかしいのは、やはり家族への伝道である。なぜなら、その人の背景を知ることで、疑いの目でみるために、つまずき、救いの道へと導かれないのである。今の時代にも言えることではないだろうか。


 主イエスは、そこで彼らの不信仰のゆえに奇跡をおこすことができなかったことを、自分の弟子たちに見せたのである。それは、彼らが伝道活動する時にぶつかる体験をすることを見越してのことでした。伝道活動の厳しさ、覚悟というものが示されました。



 愛する天の父なる神さま。家族に福音を伝えるのはとてもむずかしいです。つまずきもあります。落ち込む時もあります。それでも、私たちは救われた証し人として、忍耐と勇気をもって福音を伝えていくことができますように導いてください。感謝して、主イエス・キリストの御名によってお祈りします。アーメン


閲覧数:30回

最新記事

すべて表示

2024年4月24日 ルカの福音書3章

バプテスマのヨハネが宣べ伝えたのは「悔い改めのバプテスマ」(3)でした。そのメッセージに応えて多くの人がヨハネのもとへやってきました。しかしヨハネは、ただ神に立ち返ることだけではなく、立ち返った者にふさわしい生き方、すなわち実を結ぶことを求めました(8)。 その時、群衆、取税人、兵士の3者がヨハネに対して「私たちはどうすればよいのでしょうか。」と問います(10、12、14) それに対するヨハネの答

2024年4月23日 ルカの福音書2章

『シメオンとアンナ』 幼きイエスの様子を語っているのはルカの福音書だけかと思っていたが、トマスによるイエスの幼時物語という聖書外典に出会った。これは私達の聖書にも、カソリックの聖書にも含まれていない文献で、泥をこねて12羽のスズメを作り、それを飛ばしたというような記述もあるのです。しかし霊に満たされ、信頼に足りる書簡と初代教会に厳選されたのは、このルカの福音書だけで、ここに幼いイエスの本当の様子を

2024年4月22日 ルカの福音書1章

『マリアの賛歌』 ルカがこの福音書を書き始めた頃、イエスの公生涯を共に生きた人たちの証言をもとに、その事実をまとめようとする働きがあったようです。その試みは困難を伴ったようですが、ルカは綿密に調べることが出来、また順序立てて書き上げることが出来たと書いています。その彼の働きを経済的に支えたのがテオフィロではないかと言われています。そのため、ルカの福音書はまず彼に献上する、という形で始まっています。

Comments


bottom of page