top of page
  • hccnichigo

2024年1月7日 申命記22章

 申命記22章は、21章と同様に約束の地で起こりうる様々な問題に対しての解決法が記されている。


 22章では、迷った牛や羊を見つけた場合に知らぬふりをせず、その所有者に連れ戻すこと、地に落ちた鳥の巣にいる母鳥をひなや卵と一緒に捕ってはならないこと、そして、家を建てるときは、人がおちないように屋上にてすりを付けること。これらのことは、あわれみの心をもち、愛の配慮をもって生活していくという意味であるのです。


 結婚と性的罪や弱い立場の女性に関する規定、着物の四隅にふさをつけること等々が、細かな事柄のひとつひとつにも、神の民として生きる深い意味が隠されているのです。その深い意味とは、純真、純粋、そして純潔に生きるべきだということである。


 大切なことは、神が与えられたものについては、常に、大事に守る気持ちを持つことで、人に対しては親切心を惜しまない、神の民としての姿勢が語られるのです。人は、神の荷姿に似せてつくられたのだから、そのことに気づけば、神のように優しい者になれるのです。


第一テサロニケ人への手紙 4:3(抜粋)

「神のみこころは、あなたがたが聖なる者となることです。」

第一テサロニケ人への手紙 4:7

「神が私たちを召されたのは、汚れたことを行わせるためではなく、聖さにあずからせるためです。」



祈り

 愛する天の父なる神さま。御名を心からほめたたえます。神の民としての姿勢が、まだまだ自分にはできていません。どうぞその道に歩ませてください。ひとに親切な心をもって、相手のことを思いやる心をもつことができますように導いてください。感謝して主イエス・キリストの御名によってお祈りします。アーメン。


閲覧数:28回0件のコメント

最新記事

すべて表示

2024年7月21日 ヨハネの福音書12章

「まことに、まことに、あなたがたに言います。一粒の麦は、地に落ちて死ななければ、一粒のままです。しかし、死ぬなら、豊かな実を結びます。」12:24 この聖句は、キリストがご自身の十字架の死を一粒の麦の死にたとえて語られたところであります。キリストの死は、世界の多くの人々に永遠の生命を得させる豊かな実りをもたらすためでした。自分が死ぬことによって、人を生かすことこそ、神の栄光が現わされる方法でした。

2024年7月20日 ヨハネの福音書11章

マルタとマリアの兄弟、ラザロが死んで皆で悲しんでいるところに、遅れてイエス様がやってこられた。イエス様が来られたと聞いて、マルタは街の外まで迎えに出た。そして、この死という悲しみ、絶望の中で、イエス様はマルタと個人的に会って下さった。 「主よ。もしここにいてくださったなら、私の兄弟は死ななかったでしょうに。しかし、あなたが神にお求めになることはなんでも、神があなたにお与えになることを、私は今でも知

2024年7月19日 ヨハネの福音書10章

『良い牧者』 「わたしは良い牧者です。良い牧者は羊たちのためにいのちを捨てます。牧者でない雇い人は、羊たちが自分のものではないので、狼が来るのを見ると、置き去りにして逃げてしまいます。それで、狼は羊たちを奪ったり散らしたりします。彼は雇い人で、羊たちのことを心にかけていないからです」(11節から13節)。 この箇所の直前には、「わたしは羊たちの門です。」というたとえ話をイエス様は語られましたが、私

Comments


bottom of page