top of page
  • hccnichigo

2024年1月3日 申命記18章

「あなたの神、主はあなたのうちから、あなたの同胞の中から、私のような一人の預言者をあなたのために起こされる。あなたがたはその人に聞き従わなければならない。」(15)


 旧約時代には、神に選ばれた預言者がいた。預言は予言とは違う。予言は、未来のことを言い当てる事。預言は、預かるということばの通りに、神のことばを預かり、それを人に伝える事。予言は、占いの類に属する。これは神が厳しく禁じている。10節、11節を参照。 

 預言者は、神のことばを預かるのだから、間違いがあってはならない。神が預けていないことばを神の名によって語るなら、その人は死ななければならないのだ(20)。それほど、神のことばを語ることは厳粛なことだ。


 それにしても、そもそも神が預言者が起こされた理由は、イスラエルの民が神に直接出会い、語られることを恐れたことにある(16)。それゆえ、神は民に直接出会い、語るのではなく、預言者を通して語ることにされた。

 今の時代にも預言者がいるのかどうかは義論のあるところだ。広い意味では神のことばを解き明かして語る働きを預言と言うこともできる。狭い意味では旧約時代の預言者と同じ人がいるということになる。

 いずれにしても、今の時代は、聖霊と恵みの時代である。旧約時代に預言者が起こされた理由は、もはやなくなった。私たちはイエスの救いのゆえに、大胆に至聖所に入り、聖霊によって神を「アバ父」と呼ぶことが出来るのだ。神に出会い、語られることを恐れる理由はなくなった。

 その意味では、狭い意味での預言者というタイトルを名乗る事には検討の余地がある。しかし、聖霊の働きは人間の頭に収まることはない。今も神がある人を通して神の御心を示されることは確かにある。

 

 しかし、ここで今日学びたいことは、私たちは、神の恵みと聖霊の助けによって、恐れることなく神に近づき、神の御声を聴くことが出来るということだ。この恵みの時代に生かされていることに感謝!


 天の父なる神さま

 イエスの救いと、聖霊の働きによって、私たちは恐れることなく、大胆にあなたの元に近づき、あなたを「アバ父」と呼び、あなたの御声を聴けることを感謝いたします。

 この恵みに生かされているのですから、さらにあなたを求め、あなたに近づくことができますように。私たちを導いてください。

  主イエス・キリストの御名によって祈ります。アーメン        

                                文:関真士


閲覧数:44回0件のコメント

最新記事

すべて表示

2024年7月21日 ヨハネの福音書12章

「まことに、まことに、あなたがたに言います。一粒の麦は、地に落ちて死ななければ、一粒のままです。しかし、死ぬなら、豊かな実を結びます。」12:24 この聖句は、キリストがご自身の十字架の死を一粒の麦の死にたとえて語られたところであります。キリストの死は、世界の多くの人々に永遠の生命を得させる豊かな実りをもたらすためでした。自分が死ぬことによって、人を生かすことこそ、神の栄光が現わされる方法でした。

2024年7月20日 ヨハネの福音書11章

マルタとマリアの兄弟、ラザロが死んで皆で悲しんでいるところに、遅れてイエス様がやってこられた。イエス様が来られたと聞いて、マルタは街の外まで迎えに出た。そして、この死という悲しみ、絶望の中で、イエス様はマルタと個人的に会って下さった。 「主よ。もしここにいてくださったなら、私の兄弟は死ななかったでしょうに。しかし、あなたが神にお求めになることはなんでも、神があなたにお与えになることを、私は今でも知

2024年7月19日 ヨハネの福音書10章

『良い牧者』 「わたしは良い牧者です。良い牧者は羊たちのためにいのちを捨てます。牧者でない雇い人は、羊たちが自分のものではないので、狼が来るのを見ると、置き去りにして逃げてしまいます。それで、狼は羊たちを奪ったり散らしたりします。彼は雇い人で、羊たちのことを心にかけていないからです」(11節から13節)。 この箇所の直前には、「わたしは羊たちの門です。」というたとえ話をイエス様は語られましたが、私

コメント


bottom of page