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2024年1月11日 申命記26章

『主の宝の民、主の聖なる民』


 何という主の恵みの御言葉でしょうか。 

イスラエルの民は、主の掟と命令と定めを守り行うと宣言したことで、「主の宝の民、主の聖なる民」となりました。「宝の民」とは、他の国々がイスラエルを見て、たしかにこの民は祝福されており、すばらしい国民であると認めるところに現われます。そして、他の国民とは異なり、主の所有とされている「聖なる民」となる約束も与えられています。これは、彼らの父祖アブラハムが創世記で述べられたこと 「あなたは祝福となる。あなたによって、全ての民族は祝福される」と約束されたことの実現でもあると言われています。


 このことは、私たちクリスチャンにも言えることではないでしょうか。私たちも神の掟と命令と定めである聖書にとどまり、これを守り行うときに、「主の宝の民、主の聖なる民」になるのです。


「あなたがたがわたしにとどまり、わたしのことばがあなたがたにとどまっているなら、何でも欲しいものを求めなさい。そうすれば、それはかなえられます。」ヨハネの福音書15:7


 14節の御言葉に目が留まった。「また、その一部でも死者に供えたこともありません。」(抜粋)これは、当時カナンの地でも日本と同じように、死者に供え物をする習慣があったといわれている。生きている時に家族を大切にするのではなく、死んでから死者のためにたくさんのお金をかけます。しかし、聖書の神は、生きている者の神であり、生きている人々を大切にされます。死んだ人についてはすべて神の御手の中にあるので神にゆだねます。イスラエルの民は、このことを守り行うと宣言したのである。そして、「主の宝の民、主の聖なる民」となったのである。



 愛する天の父なる神さま。イスラエルの民が心を尽くし、いのちを尽くして、主の掟と命令と定めを守り、御声に聞き従っていったように、私たちクリスチャンも聖書にとどまっていくことができますように導いてください。そして、私たちクリスチャンも「主の宝の民、主の聖なる民」とされたことを忘れずに日々、主と共に感謝して歩んでいくことができますように助けてください。感謝して主イエス・キリストの御名によってお祈りします。アーメン。



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