top of page
  • hccnichigo

2024年1月10日 申命記25章

 前の章に続いて、約束の地に入ったときの規定が事細かに具体的に記されている。その地で平安に繁栄することを願う神の愛からほとばしり出る配慮である。それは、親子が幼子に、善い事、悪い事を何度も教えるような気持ちだ。その子供の幸せを願う親心がそこにある。


「脱穀をしている牛に口籠をはめてはならない。」(4)


 このことばが心に止まった。収穫した麦を脱穀するために、牛に石臼を引かせることがあった。その時に、落ちた麦を牛が食べること出来るようにしなさいということがこの戒めの趣旨である。口籠をはめたら食べることができない。牛にまで神の愛の配慮は注がれるのだ。


 そして、この箇所は新約聖書に引用されている。

「モーセの律法には『脱穀している牛に口籠をはめてはならない』と書いてあります。はたして神は、牛のことを気にかけておられるのでしょうか。」(1コリント9章9節~)

 パウロは、この申命記の御言葉を引用して「同じように主も、福音を宣べ伝える者が、福音の働きから生活の支えを得るようにと定めておられます。」(14)と語る。


 つまり、神は牛の必要にまで配慮される方なのだから、なおさら福音の働きをする者たちが、生活の支えを得るのは正当な権利だと言っているのだ。ただしパウロは、その権利を用いなかった(権利を用いるかどうかは、当時者が決めることが出来る)。

 

 全世界の福音の働きに携わっている方々、特に他の仕事は持たないでフルタイムで働いている方々が、生活の支えを十分に受けることができますようにと心から願います。

 わたしも、そのように支えられている一人ですし、毎月持たれる宣教支援献金のスライドの方々もそうです。星野優さんもそうです。

 これからも福音宣教のために励んで行きたいと思います。

 

 天の父なる神さま

 どうか、福音のために働いている一人ひとりが、十分に生活の支えを得ることができますように、捧げる者も、受ける者も、共に祝福してください。

 主イエス・キリストの御名によって祈ります。アーメン        

                                文:関真士


閲覧数:25回

最新記事

すべて表示

2024年4月24日 ルカの福音書3章

バプテスマのヨハネが宣べ伝えたのは「悔い改めのバプテスマ」(3)でした。そのメッセージに応えて多くの人がヨハネのもとへやってきました。しかしヨハネは、ただ神に立ち返ることだけではなく、立ち返った者にふさわしい生き方、すなわち実を結ぶことを求めました(8)。 その時、群衆、取税人、兵士の3者がヨハネに対して「私たちはどうすればよいのでしょうか。」と問います(10、12、14) それに対するヨハネの答

2024年4月23日 ルカの福音書2章

『シメオンとアンナ』 幼きイエスの様子を語っているのはルカの福音書だけかと思っていたが、トマスによるイエスの幼時物語という聖書外典に出会った。これは私達の聖書にも、カソリックの聖書にも含まれていない文献で、泥をこねて12羽のスズメを作り、それを飛ばしたというような記述もあるのです。しかし霊に満たされ、信頼に足りる書簡と初代教会に厳選されたのは、このルカの福音書だけで、ここに幼いイエスの本当の様子を

2024年4月22日 ルカの福音書1章

『マリアの賛歌』 ルカがこの福音書を書き始めた頃、イエスの公生涯を共に生きた人たちの証言をもとに、その事実をまとめようとする働きがあったようです。その試みは困難を伴ったようですが、ルカは綿密に調べることが出来、また順序立てて書き上げることが出来たと書いています。その彼の働きを経済的に支えたのがテオフィロではないかと言われています。そのため、ルカの福音書はまず彼に献上する、という形で始まっています。

コメント


bottom of page