『神様の栄光』
9章はどのような生贄をどうやって捧げるかが書かれているが、全ては大祭司アロンが神様の栄光があらわれるように行うものである。
1節「八日目になってモーセはアロンとその子ら、およびイスラエルの長老たちを呼び寄せ、」
ここで八日目と書いてあるが、祭司の任務は7日間続く。「七」は神の完全数であり、「主は六日で天地を創造し、七日にに休まれました。(創1章と2章)」八日目は現在でいう新しい週に入る。つまり新しいことの始まりが八日目である。
ここで余談ですが、キリスト教を公認した後のローマ帝国は、ビザンチン帝国と呼ばれるが、ビザンチン時代の教会堂は八角形をしている。永遠のいのちを示す、ということだが、それは聖書から出てきているもので、主イエス・キリストにある完全な神の贖いがなしとげられて、それで信じる者たちに永遠のいのちが約束されているということだ。(logos-ministries.org参照)
9章ではまず祭司が聖められるために、そして民が聖められるために傷のない動物を捧げている。動物の、どの部分をどうやってまでこと細かに書かれている。これは私たち人間が「どうやって」を迷わず実行できるように書いてある。この通りにモーセとアロンが献げ終えて壇からおり、23節に続く。
23節「モーセとアロンは会見の天幕に入り、そこから出て来て民を祝福した。すると主の栄光が民全体に現れ、」とあるように、祭司がこの通りにすれば、主の栄光が民に現れるのだ。
現在では、動物を捧げなくても私たちの罪はイエス・キリストの十字架の贖いにより、罪赦され聖められている。それはイエス様こそが私たちの罪を負ってくださったから。私たちは神の似姿に造られた。一人ずつ違うように造って下さった。
祈り:
愛する天の父なる神様、
どうか、あなたに造られた私たち人間一人一人が、あなたの栄光を表すことのできる存在でありますように。内なる聖霊様を強め、互いに愛し合い、助け合い、あなたが示す道を歩かせてください。もし間違った方向に行きそうな時は、どうかわかる形で啓示を与えて下さい。それに気付けるよう知恵を授けて下さい。私たちの罪のために犠牲となられた御子イエスに感謝します。少しでも多くの人々がイエス様を知り救われますように。尊いイエス・キリストの御名により祈ります。アーメン
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