13節 「その血は、あなたがたがいる家の上で、あなたがたのためにしるしとなる。わたしはその血を見て、あなたがたのところを過ぎ越す。わたしがエジプトの地を打つとき、滅ぼす者のわざわいは、あなたがたには起こらない。」
ユダヤ人にとって最も大切な祭りである「過越しの祭り」、そして私たちクリスチャンにとっても大切な「過越し」。そのルーツがこの12章の出来事です。
この出エジプトにおける「過越し」は、イエス・キリストの十字架の救いを予表しています。ヨハネ1章29節には「見よ、世の罪を取り除く神の子羊。」と記されています。イエスこそ、過越しの子羊なのです。
神の裁きが、自分の上を過越して行く、これがイエス・キリストの十字架の救いです。
14節「この日は、あなたがたにとって記念となる。あなたがたはその日を主への祭りとして祝い、代々守るべき永遠の掟として、これを祝わなければならない。」
この御言葉の通りに、今でもユダヤ人たちは過越しの祭りを祝っています。しかし、それは過去を回顧し、過去の出来事を記念する祭りです。
それに対して私たち、イエスを神の子、救い主として信じる者たちは、この過越しが、ただの過去の出来事、伝統、慣習として祝うのではありません。
今も、私たちにとっての救いの出来事として祝うのです。そしてまさに礼拝は、祭りなのです。
私は、祭りが大好きです。毎主日の礼拝が、祭りであること、祝いの日であることをもっと意識したいと思わされました。
喜び、感謝、賛美に溢れた祭りとしての礼拝でありますように。礼拝式を、礼拝祭と言い換えてもいいくらいです。
祭りだ! 祭りだ! ワッショイ ワッショイ! 日曜日の祭りが早く来ないかと、わくわくしてきました。
天の父なる神さま
この過越しの出来事を通して、イエス・キリストの十字架の救いを想わせてくださり感謝いたします。
あなたは、この日を祝いなさいと言われました。私たちの毎主日の礼拝が、まさに祭りとなりますように、一人ひとりの心を救いの喜びで満たしてください。
主イエス・キリストの御名によって祈ります。アーメン
Comments