出エジプト記15章は、聖書の中で始めて賛美の歌がしるされている章です。
「主に向かって私は歌おう。主はご威光を岩見まで現わされ、馬と乗り手を海の中に投げ込まれた。」1節
「主は私の力、また、ほめ歌。主は私の救いとなられた。この方こそ、私の神。私はこの方をほめたたえる。私の父の神。この方を私はあがめる。」2節
最初にモーセとイスラエルの民(男性)が歌い、19節~22節でミリアムとイスラエルの民(女性)がタンバリンを手に取り、女たちと共に主をたたえ、踊ったとあります。
神さまがイスラエルの民をエジプトの奴隷から救い出し、海を渡るときに神さまの御業をその偉大な力を目の当たりにしたわけですから、感謝と喜びに満ちあふれた賛美だったでしょう。
ホノルル教会の礼拝での賛美も、モーセやミリアム、イスラエルの民と同じくらいに、涙があふれるほどふれられたり、神の家族と一緒に喜びにみちた時を与えてもらっています。感謝!
さて、この後3日間イスラエルの民は水もない荒野を歩き続けたのち、ようやくマラと言う場所で水をみつけましたが、苦くて飲めない状況に直面しました。すると、喜びと感謝を踊りながら主へ賛美を捧げた民が一転して、不平をつぶやくのです。試練や困難に遭遇したときに、一瞬にして信仰が揺らいでしまうかを見ることができます。
しかし、モーセは、不平を言う民たちに耳を傾け、すぐに主にお祈りを捧げ、導きを求めたとあります。
私も、イスラエルの人々と同じように、生活の中で試練や困難にあうとき、神さまからの恵みを忘れ、不平不満をつぶやいてしまいます。
約束をしてくださっている神さまの御声をきくことを忘れてしまいます。
神さま。どんなに苦しくても、そのときこそ、神さまが共にいてくださり、その力強い手を差し伸べて、導いてくださることを思い出し、あなたの声に聞き従える者になれますように、イエスさまのお名前をとおしてお祈りします。アーメン
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