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2023年8月1日 出エジプト記4章

『民は信じた』


 この章でも主なる神とモーセとの直接の会話が続く。40年前にモーセはエジプトで奴隷になっている自分の民、ヘブル人を救おうと一人のエジプト人を自分の手で殺している。この時まで、モーセのいた環境は、世界でその頃最高の文化を誇るエジプトで王子達と共に、最高の教育を受けていた。このモーセは、自分の力で解決しようと早まって、殺人まで犯した後、今度は、王宮生活どころではなく、逃げた先の荒野の地で貧しい羊飼いとなって生活をしていた。

 主なる神は最高の教育を受けたモーセを、荒野で悩み、今まで受けた教育は何の意味があったのか、打ち砕けた心にさせた。あたかもこれは、ヘブル人達を導いて荒野を旅する時に備えさせるかのように、モーセは荒野で生きる生活を、どのように水を得るのか、羊の牧草を見つけるのか、荒野で生きるすべを体験した、そのような全ての準備が整ったモーセの前に、主が現れて、ヘブル人達を救うようにと彼を召している。


 多くの預言者達のように、モーセは主に、私には荷が重すぎます、口が重いのです、無理ですと答える。しかし、神の召命は絶対的です。

12節「今、行け。わたしがあなたの口とともにあって、あなたが語るべきことを教える。」

 こうして、杖を蛇にしたり、手を懐に入れると真っ白となりツァラアトに冒され、もう一度懐に入れると元に戻すという奇跡を与えられたのは、ヘブル人がモーセを神の使いとヘブル人やエジプト人達が信じる為であった。


 モーセの杖は、羊飼いがいつも持ち歩き、時には羊を守り、自分も守るため、足場が悪い荒野を歩く時のために持ち歩く杖、やがてモーセはこれを神の杖と呼び、黄海を渡り歩く時にも海を打った杖であり、アマレク人との闘いの時にも、この杖を高くかざしてイスラエルは勝利を得る。神の器として用いられる時に、一本の杖も恐るべき蛇にも、勝利を導く道具となる。そうしてツァラアト(癩病、もしくは象皮病)に関しては、モーセに与えられた力は、単に罰する力が与えられただけでなく、癒す力、神の恵みを与える力も与えられた。縛る力と、その罰をとく力を与えられた事をヘブル人に示し、彼らの全信頼を得るためであったし、エジプトの民を罰して、ヘブル人を奴隷から解放するためであったのです。


 しかし、注意すべき事はヘブル人達、イスラエルの民はモーセの奇跡を見たことで信頼したわけだが、どちらかと言えばかなり簡単に、信じた事は不思議ではないかと思う、40年たったとは言え、中にはモーセの生い立ちを覚えていて、彼はエジプト人を殺し、追われた男だと思う人もいただろうし、モーセの妻ツィポラは、彼の事を「血の花婿」などと呼び捨てしているのを見ると、信じられない者たちもいたのではないだろうか。


 その理由を思い巡らせましたが、きっと創世記の50章の最後に、ヨセフは110歳で死んでエジプトでミイラにしたとあります。ヨセフは生まれ故郷の地に葬られる願いがあったのですが、それが未だ叶っていなかったわけです。ミイラになったヨセフは、この約四百年間の間、どこに保管されていたのでしょうか。ヘブル人の住むゴシェンの地のどこかでしょう。そうしてミイラを見せながら、子供達に、ヘブル人は、アブラハム、イサク、ヤコブの神、唯一の神を信じている話を何代にもわたって語り継いでいたに違いありません。その信仰があったからこそ、ヘブル民族は、主の送られたモーセを全面的に信頼したのでしょう。


5節「これは、彼らの父祖の神、アブラハムの神、イサクの神、ヤコブの神、主があなたに現れたことを、彼らが信じるためである。」


祈り

 私たちは、主イエスによってヘブル人、神に聖別された民に接木されて、神の子とされた事に感謝致します。私たちもまた、奴隷の状態から解放されて、主に在っての自由を得られる身となりました事に心から感謝し、主の栄光を讃えます。アーメン


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