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2023年4月4日 ディボーション

ハバクク書 1章


「神にからみつく預言者」


 私達がガリラヤ湖畔に宿泊していた2月の明け方3時半頃、トルコ地震が起こっていた。この世の災難、トルコ地震で5万人以上の人が亡くなったり、ウクライナ戦争の悲劇だけでなく、若くして病で亡くなった者達を想うと、神様に対して、何故このような不幸をお許しになるのですか? と神にからみつくように聞く経験は無いだろうか? 天草でも奥さんを若くして癌で亡くされた仏教徒の友人から、神は愛というのに、一生懸命に努力して生きてきた、保育園の先生をして、村のためにも尽くしてきた妻を、神はどうして奪ってしまうのかとの心の底からの悲鳴を聞いた。なぜ不幸、患難が許されているのか?


 イスラエルに居る自分たちへの地震の影響を心配してくれている自分の姉、イスラエルから日本の姉にラインで連絡したところ、ほっとしてくれたとともに、あんた達ガリラヤ湖で船に乗って観光している暇があったら、トルコでガレキの一つでも片付けに行ったらと言われてしまった。重い言葉をもらってしまいました。


 1章2節「いつまでですか、主よ。私が叫び求めているのに、あなたが聞いてくださらないのは。「暴虐だ」とあなたに叫んでいるのに、救ってくださらないのは。」


 ハバククとはハーバクと読むと、これは からみつく、抱きつくという意味で、 主に対する彼の愛、また主と取り組んでいる姿を示す。 ハバククは神を非難する者、 すなわち神にからむ預言者と言える。彼の活躍時代は、紀元前608〜597年 エルサレム滅亡の間近に活躍 エホヤキム時代、ナホム、ハバクク、ゼパニア 同時期 エレミアも神との対話を詩で記録 ハバククは神との対話 、からみつく対話で なぜ、なぜのハバククと覚えておこう。彼の質問は、ユダヤ人の不信仰は悪いが、どうしてもっと悪質で、暴虐な民であるカルデア人(バビロン)をもって私たちユダヤ人を罰するのか? という疑問です。1章には、この疑問に対する答えらしき文章はありません。

 ハバククの事を思うと、もう1人、神のことばから逃げようとした預言者ヨナを思い起こします。しかしハバククは疑問に悩まされながら、あとの章で、新約聖書にも引用されている「義人は信仰によって生きる」という名言も書き残した預言者でもあります。


 時に、私たち日本人は往々にして、災難にあったりした時に、我慢していれば良い事もあると教えられて育ってきています。しかし矛盾する様に聞こえるでしょうが、聖書は我慢ではなく別の見方で見るように教えてくれているようです。思い通りならない事があれば、すぐに不幸だと決めつけるのではなく、心の貧しさから私たちを解放しようとしてくれているのです。単に我慢という消極的な事だけでなく、むしろ積極的に主イエスから目を離さないで、今の恵みに目を留めよと説いているのです。苦しみの時に、主がもっとも近くに来ておられるという事実を見なさいと言うのです。


 そうは言うものの、自分が試練の中にいる時には、どうしてこの大切な時に、神の御声が聞こえないのかと疑問に思ってしまいます。先日見ていた韓国映画の場面で感動したシーンがありました。クリスチャンの親子、お父さんと学校の先生をしている娘とのやりとりでしたが、娘さんが大変な災難にあって、その時にお父さんに、こんな苦しみの試練を受けているのに、何故、神様は話しかけてくれないのか? と尋ねているシーンでした。お父さん曰く、お前も学校で毎日生徒達に教室で、生徒に話しかけて質問し、教えているけれど、肝心な期末テストの時には、教室に生徒と一緒にいても黙って生徒を見守っているだろう。神もお前を見守っているんだよ!


祈り

自分は、まだまだ本当の患難にあった経験が無いのかもしれませんが、どうかその様な時にも、主が共におられる事を忘れない様に、思い起こすことができます様に、じっと我慢の世界に浸るのでは無く、主の御手が伸ばされておられることへの喜びを失いません様にと願います。アーメン



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