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2023年4月10日 ハガイ書1章

『あなたがたの歩みをよく考えよ』 アイゾン直子

 

 聖書にはメジャーな大預言書と呼ばれるものと、マイナーな小預言書と呼ばれる預言書がありますが、ハガイ書は小預言書に分類される書です。ハガイ書は2章だけの短い書ですが、その内容は、今を生きる私たちに対して、主のためにするべき働きを先延ばしにしていませんかと問いかけてきます。

 

 ハガイについて聖書は詳しく述べていませんが、ユダの総督ゼルバベルや大祭司ヨシュアの名が登場しますので、彼がバビロン捕囚第一次帰還者たちに対して、主のことばを伝えた預言者であることが分かります。また、通常の預言書ですと、指導者はもちろん民も、中々預言者のことばに耳を傾けない場面を思い出しますが、ハガイの場合、ゼルバベルやヨシュアと言った指導者たちはもちろん、民も彼のことばに聞き従ったと書いてあることから、ハガイという人は預言者としてかなり信頼を受けていた人だったのかもしれません。

 

 彼ら第一次帰還者たちは、神殿を再建するようにとの命令をキュロス王から受け、エルサレムへの帰還が許された人たちです(エズラ1:1‐3)。そのために必要な木材や、装飾に必要な金や銀などすべてが与えられて帰還した彼らはまず、いけにえを献げるための祭壇を作り、そして到着の翌年、神殿工事にかかります。しかし途中、サマリヤ人たちの妨害に遭い、なんと工事は中断してしまいます。彼らは、神殿再建という最も大切な働きをせず、神殿を建てる時はまだ来ていない、などと考えていました。主はこの様子を見て、預言者ハガイを遣わします(1:1‐2)。

 

 帰還した民たちは、神殿建設よりも自分たちの住居を優先していました。しかも、彼らの住居に用いられた木材はすべて神殿建設用のものでしたから、それはとても豪華なものであっただろうと思います。主はこの様子を見て、「この宮が廃墟となっているのに、あなたがただけが板張りの家に住むときだろうか」(1:4)と言われました。

 

 耳が痛くなる主のことばです。キリストという神殿建設のために、積極的に福音を宣べ伝える時代なのに、全然出来ていない自分を思います。「収穫は多いが、働き手が少ない」(マタイ9:37)と主は言われているのに、その働きに具体的に参加していない自分がいます。神第一の生活を貫くことを求めながらも、中々出来ていない現実に葛藤を覚えます。しかし、神第一の生活を送っていないなら、すべてにおいてどこかに歪みが生じ、悩み多き暮らしになるのも事実なのです。

 

「今、万軍の主はこう言われる。「あなたがたの歩みをよく考えよ。多くの種を蒔いても収穫はわずか。食べても満ち足りることがなく、飲んでも酔うことがなく、衣を着ても温まることがない。金を稼ぐ者が稼いでも、穴の開いた袋に入れるだけ。」(1:5‐6)

 

 主のご用をよそに、自分のしたいことを優先しているなら、その結果は空しいものです。このことは、私自身、経験させていただきました。主にお委ねしますと祈りながらも、本音では自分の思いを優先させていました。その頃は、何をどのように努力しようと気づけば同じ所、同じ立場に戻っていました。またその当時に得たと思ったもので、今残っているものは何もないことに気づかされます。

 

「万軍の主はこう言われる。「あなたがたの歩みをよく考えよ。山に登り、木を運んで来て、宮を建てよ。そうすれば、わたしはそれを喜び、栄光を現す。―主は言われるー あなたがたは多くを期待したが、見よ、得たものはわずか。あなたがたが家に持ち帰ったとき、わたしはそれを吹き飛ばした。それはなぜか。―万軍の主のことばー それは、廃墟となったわたしの宮のためだ。あなたがたがそれぞれ、自分の家のために走り回っていたからだ。」(1:7‐9)

 

 更に耳の痛いことばが続きます。主の宮が未だ廃墟となっているのに、自分の家のために走り回っているなら、期待したような収穫は得られないどころか、吹き飛ばされて、わずかしか残らないのです(1:10‐11)。だからまず、宮を建てなさい、建てて主の栄光を現しなさいとハガイは伝えます。これは真理です。御子イエスも同じことを言われました。「まず神の国と神の義を求めなさい。そうすれば、これらのものはすべて、それに加えて与えられます。」(マタイ6:33)

 

 御国完成のための働きを、何よりもまず優先することが示されます。しかし、神第一の生活を送るにはどうしたらよいのでしょうか。

 

「シェアルティエルの子ゼルバベルと。エホツァダクの子、大祭司ヨシュアと、民の残りの者すべては、彼らの神、主が預言者ハガイを遣わされたとき、彼らの神、主の御声と、ハガイのことばに聞き従った。民は主の前で恐れた。」(1:12)

 

 主の御声に聞き従うことが、神第一の生活を送る上での第一歩となることが、この民たちの行動から学べます。ハガイのことばを聞いた指導者や民たちは、主の声とハガイのことばに聞き従うことを選びました。彼らは闇雲に聞き従ったわけでも、また、聞き従おうと努力したわけでもないことに注目したいと思います。ただシンプルに、聞き従った、のです。これは、主の成せるわざです。

 

 また今度、また次回、と主のご用を先伸ばしにして聞き従えない私に主は、「わたしは、あなたがたとともにいる」(1:13)と語られます。神を信じて、最初の一歩を踏み出すことができるよう祈ります。また、走り続けるだけでなく、時にはとどまって、自らの歩みをよく考え、丁寧に主のご用に仕えているかを吟味できる者でありますよう、祈ります。

 

 祈り:愛する天のお父さま。ハガイ書を通して、自らの歩みを吟味するときを与えていただき、ありがとうございます。私のような者が、主イエスの十字架の愛を受け取り、救いに与ることができたのも、主の御声に聞き従ったゆえの奇跡であったことに気づかせていただきました。ありがとうございます。これからも、自分のことではなく、主のご用を優先する生活を求めます。どうか、引き続きお導きくださいますよう、お願いいたします。主イエス・キリストの御名によって祈ります。アーメン

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