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2023年3月25日 ディボーション

ピリピ人への手紙 2章


『イエスの心を心とせよ』


 確かにパウロの心は喜びで溢れている。獄中にあるというのに、嬉々としてイエスさまを喜んでいる。しかし2節から4節を実行するのは並大抵ではない。

「あなたがたは同じ愛の心を持ち、心を合わせ、思いを一つにしてください。何事も利己的な思いや虚栄からするのではなく、へりくだって、互いに人を自分よりすぐれた者と思いなさい。それぞれ、自分のことだけでなく、ほかの人のことも顧みなさい。」

 同じ愛の心を持って思いを一つにすること、へりくだって、人を自分よりすぐれた者と思うこと、自分のことではなく、ほかの人のことを思いやること‥‥どれ一つ、できそうでできない。人と比べて、どこかマシなところはないだろうかとプライドを手放せない。ほかの人に優しくするのは、実は自分のためだったりもする。

 しかもパウロが言いたいのは、倫理とか道徳の問題ではないのだ。

「キリスト・イエスのうちにあるこの思いを、あなたがたの間でも抱きなさい。」(5節)

 イエスさまの心を自分の心として生きなさい、と言っているのだ。

 6節から8節は、イエスさまがどれだけへりくだって謙遜であられたかが証ししている。

「神の御姿を捨て」、「ご自分を空しくして」、「しもべの姿で」、「人間になって」、「自らを低くして」、「十字架の死に従った」。つるべ落としのように、下に下に、最底辺の、人としてこれ以下の下はあり得ないところまでへりくだってくださった。

 仕えられるのではなく、仕えきる生き方だ。

 お釈迦さまもアッラーの神も、およそ教祖と言われる人々は仕えられる存在で、教祖自身が中心に居座る権威の象徴だ。でもイエスさまはその正反対、真逆なのである。

 そんなイエスさまが愛おしくてならない。イエスさまの心を自分の心として生きるようになりたいと強く願う。だけど欠けの多い私が見習い、実践できることは少ない。

 それでも獄中のパウロのそばにテモテがいてくれたように、わざわざピリピから来てくれたエパフロディトのように、同労者、お互いの祈り手としての仲間がいてくれることは大きな励みと支えだ。

 私も、仲間と共にHCCの礼拝や分かち合いをすることは、霊的な大きな励みだ。イエスさまの心から外れそうになると、教会の仲間が正してくれる。一人じゃないことは強い。ありがとう、感謝します。

「神はみこころのままに、あなたがたのうちに働いて志を立て、事を行わせてくださる方です。」(13節)

 アーメン、そう信じます。従えるよう祈ります。

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