ガラテヤ人への手紙 2章
『忍び込んだ偽兄弟たち』 アイゾン直子
ガラテヤ人への手紙は、パウロが一番最初に書いた書簡であると言われています。彼がこの手紙を書いた理由は、信仰によって救いを受けた信者たちを不信にさせる教えが、エルサレムからやって来た人たちによって伝えられ、混乱した彼らはパウロの使徒職さえも疑い始めていたからです。
「モーセの慣習に従って割礼を受けなければ、あなたがたは救われない」(使徒15:1)という教えは、パウロが伝えていた福音に反するものでした。しかし彼らがエルサレムからやって来たということから、エルサレム教会にいるペテロやヤコブ、そしてヨハネもまた、そのような考えなのかを確認する必要に迫られていました。
パウロは啓示によってエルサレムに上りました。そこには、モーセの慣習を重んじるパリサイ派のユダヤ人信者たちがいましたが、パウロと共にいた異邦人信者テトスに対して、割礼を強いることはしませんでした。つまり、母体であるエルサレム教会において、割礼を救いの条件とする教えはなかった、ということです。それどころか彼らは、ペテロには割礼を受けているユダヤ人たちへの福音が、パウロには割礼を受けていない異邦人への福音が委ねられていることを理解してくれました。
ユダヤ人として割礼を受けることに問題はなかったのです。ただ、割礼を受けなければ救われないと教えたところに問題がありました。割礼を救いの条件とするなら、それはわざによる救いであり、イエスの十字架のあがないによる死を無意味にします。
しかしこのことはユダヤ人信者にとって、容易な理解ではなかったのだと思います。彼らは世代を超えてモーセの律法の下に暮らして来た人たちです。その教えの下にいることで彼らのユダヤ人としてのアイデンティティーは守られて来たのです。それまで律法に従ってきた人たちに対して、イエスを信じる信仰による救いという教えは、律法に従わない教えだと言われたら、どれほどの動揺と混乱が教会に起こったかは容易に想像できます。
当時の教会は、シナゴーグと呼ばれるユダヤ人たちの会堂で、その中に異邦人も来て礼拝をしていました。つまり、ユダヤ人信者と異邦人信者が共に礼拝し、聖餐式をささげるという非常に麗しい状態がそこにあったのです。そのような中で割礼問題が勃発しました。パウロはエルサレムに上り、エルサレム教会にいるペテロをはじめとした使徒たちと共に、この問題の解決に取り掛かります。これがエルサレム会議です。結果、異邦人に割礼を要求しないことが決定され、彼らもまた信仰と恵みによって救われることが教理として認められたのです。ただし、異邦人はユダヤ人が大切してきた慣習を尊んで、偶像に備えた肉や、淫らな行い、絞め殺した物、そして血を避けるようにと伝えられました。
イエスの十字架の死が、すべての罪からの解放を意味していたにも関わらず、それまでの古い習慣から抜けきれないでいる信者の姿は、ある意味、私にとって慰めとなりました。あのペテロでさえ、エルサレムから来たユダヤ人信者たちの目を恐れて、それまで異邦人と共にしていた聖餐式を止めたのです。彼らと自分を比べるわけではありませんが、土の器とはよくいったもので、本当に私たち人間は、もろく欠けのある生き物なのだなと思うのです。
パウロは、ユダヤ人信者含め、彼らの中で生活する異邦人信者たちに向けて語ります。「人は律法を行うことによってではなく、ただイエス・キリストを信じることによって義と認められると知って、私たちもキリスト・イエスを信じました。律法を行うことによってではなく、キリストを信じることによって義と認められるためです。というのは、肉成る者はだれでも、律法を行うことによっては義と認められないからです、」(16)。
キリスト・イエスはすべての罪人のために、いのちを御前にささげられました。それによって義とされたという福音を信じますと告白しながらも、キリスト者として生きるためのマニュアルを作ったり、そして他の人にもそれに従うことをを強要するなら、誰もが「忍び込んだ偽兄弟」になり得るのだということに気づかされます。
律法はユダヤ人たちの罪を示しましたが、それを持たない異邦人には、自身の持つ弱さによって罪が示されるのでは、と思わされました。イエスは罪人を招くために来られたと言われましたが、それはまた、弱さを覚える者のために来た、という意味もあったのではと思うのです。
祈り:愛する天のお父さま。イエスの十字架によって示された神の愛の中で生きていくことを求めていきたいと願います。聖霊による満たし、そして導きが与えられますように。主イエス・キリストの御名によって祈ります。アーメン
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