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2023年2月23日 ディボーション

アモス書5章


 昔、まだイエス様をよく知らなかった子どもの頃、私は両親や兄達と毎年大晦日になると県内の大きな神社に行って30分以上静かに正座して(これが一番辛かった)お祈りし、お札をもらい(いや買い)、正月が始まるというのを10年以上続けてきた。今考えれば、形だけのお祈りでお札という形のあるもの、つまり水戸黄門の印籠のように「そうかこれがあれば願いが叶うのか」と思っていた。

 5章で語られている、ベテル、ギルガル、べテル・シェバはいずれも王国の中にある古来からの聖所と認められていた場所だそうだ(torii-bible.com参照)。5節ではこれらの場所に「行くな」と強く言われている。行って助けを求めるな、ということだ。昔やってたように神社に行ってお札を買い、さぁこれで安心というのをやめよ、ということだ。

そして一番大切な6節「主を求めて生きよ」ただ求めるだけではなく、主を求めてそして生きよ。主である神様は、アモスの時代に民が自分を求めず偶像礼拝をしている姿を見てさぞや悲しんだことであろう。

 目に見える物事、形ある物事 ましてや、人間の考えや自分にあると思っている力などに頼るな、と言われていると思う。ヨハネの福音書20:29(抜粋)にも「見ないのに信じる人は、幸いである。」と書いてある。

 どうやって生きればいいのかを14節で教えてくれている。「善を求めよ。悪を求めるな。そうすれば、あなたがたは生き、あなたがたが言うように、万軍の神、主が、ともにいてくださる。」

 そうだ、新約聖書時代に生きる私たちクリスチャンは、イエス様の十字架で贖われ永遠の命が約束されている。聖霊様を内にいただいている。すでに罪赦された。そして神様はいつでもどこでも私とともにいて下さる。たつのも座るのも髪の毛1本をも私のことを知っていて下さっている。なんと心強いことだろう。


祈り:

 天の父なる神様、私を生かして下さりありがとうございます。今日の御言葉もありがとうございます。最初は責められているのかとドキッとしましたが、どのように生きれば良いのか導いて下さり感謝です。たまに口だけで祈っていると思う自分がいます。お赦し下さい。それでも主はいつもそばにいて下さり、主を心から求めるという気付きを与えて下さり、感謝です。いつまでもめぐみ深い神様、これからもずーっと気付きを解る形で私たち人間に与え、あなたへの道へと導いて下さい。イエス様の尊い御名により祈ります。アーメン


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