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2023年11月6日 民数記第18章

『祭司制度の確認』 アイゾン直子

 レビの子ケハテの子孫であるコラと彼の仲間たちによるモーセとアロンへの反乱は、イスラエルの民約1万5千人のいのちを奪いました(民16)。主のさばきを目の当たりにした民は、幕屋に対して恐怖を覚え、不安になっていました(民17)。そこで主は、アロンに指示を与えます。それはこれまで既に語られて来た内容:祭司の職責、祭司に仕えるレビ人の任務、彼らの報酬、そして相続地についてでした。主は、イスラエルの民が主に献げる奉納物はすべて、祭司やレビ人に与えると約束し、彼らの生活を保障されました(塩の契約)。

 主は、祭司の資格はアロンとその家系に与えたことをアロン自身と再確認されました。これ以降、彼らはイスラエル全会衆の罪を背負って、主の御前に仕えます。彼らを通してでなければ幕屋に近づくことは許されません。これは、救い主イエス・キリストを通してでしか、救いの道は与えられていないことを指し示しています。また、イスラエルの民には、聖所で仕える祭司たちの生活を支える責務が与えられました。これは、聖職者たちの生活を信者の献金で支えることを指し示しています。そしてそれは、十分の一と定められました。しかしこの什一献金は、旧約聖書における概念であり、新約聖書でこのことを勧めている箇所はありません。新約聖書では「それぞれの収入に応じて」献げるよう教えています。

 献金についてのメッセージや議論は牧師にとって最も頭を抱える議題ではないかと思います。使徒たちが活躍していた時代はキリスト者への迫害があったので、使徒たちの生活を支えるための献金が積極的に集められました。パウロはその一人者です。彼はコリント教会への手紙の中で献金について教え、それらは今もなお信者の献金に対する模範となっています。しかしそのように精力的に献金を集めたパウロ自身はというと、それらによる生活を望まず、自らが天幕職人として働きながら、自給伝道を行っていました。

 自給自活伝導連絡協議会の運営委員長、矢島徹郎牧師は、日本の教会において信者の献金だけで牧師が生計を立てることは非常に難しい状況にあると言われます。しかし同時に日本では、牧師は献金で食べていけるだけの信徒を集めて一人前という意識があるらしく、働きながら牧会しているのは牧師としての能力がないとか、努力が足りないかのように思われることがあるそうです。彼が牧師になってすぐの教会は7、80名からなる大きな教会であったため、献金で生計を立てることは出来たそうです。しかし子どもたちの成長と共に教育にもお金がかかるようになり、住んでいる家も増築が必要になったりする中、教会に昇給を求めるわけにもいかず、悩んだと言います。彼はお金のことで教会の役員たちと議論する中、献金や宣教について考えるようになり、ある時アメリカのフラー神学校の通信教育を学ぶ機会が与えられ、そこでパウロの自給伝導から新しい形の宣教を学び、2009年に札幌で開かれた伝道会議にて自給伝導について語ったところ大きな反響があったといいます(Revival Japan舟の右側より)。

 矢島牧師は献金そのものが未信者にとってつまづきになることがあると言われます。彼自身、牧師という仕事はどうやって収入を得ているかとの問いに「信者の献金です」と答えたら、人さまの献金で暮らせるなんていいですね、と呆れられた経験があると言います。聖職者が信者の献金によって生計を立てることは何ら恥ずかしい事でも、間違ったことでもありません。逆にそれは実に聖書的な生き方だと思います。しかし、未信者の方にそのことを理解してもらうことは、非常に難しいということなのだと思います。

 信者の献金によって教会運営を目指せる教会はいいですが、そうでない教会は聖職者たちが後ろめたい気持ちで自給伝導をしているのかもしれません。もしそうなら、矢島牧師が言うように、使徒パウロのような自給伝導という道もあることを覚えて、健康的な教会運営が成されていくよう祈りたいと思います。

祈り:愛する天のお父さま。献金について再び考えることができました。個人的には献金とは、隣人を愛することの現れであると考えていますが、信者数によっては献金だけで教会運営ができない状態にある教会があります。献金であろうと自給であろうと、それが祝福の贈り物であるなら神はその両方を喜ばれることを感謝いたします。どうぞ、経済的に困窮している教会をあわれみ、祝福してくださいますように。主イエス・キリストの御名によって祈ります。アーメン


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