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2023年1月23日 ディボーション

コリント人への手紙第ニ  4章


『土の器の中の宝』 アイゾン直子

 新しい契約の奉仕者として召されたパウロたち(アクラとプリスカ、シラスとテモテ、テトスなど)でしたが、その先には種々の困難や迫害が待っていました。生きる望みさえ失うほどの困難を経験しながらも、福音宣教が続けられたのは、それが神のあわれみによる務めである、と言う認識がパウロたちにあったからです(1)。

 本来なら、その罪のゆえに滅びる者であったにも関わらず(黙示録20:12‐15)、神のあわれみにより罪赦され、キリスト・イエスへの信仰と恵みにより救われたのだということを、パウロは片時も、忘れたことはなかったのだろうと思います(エペソ2:1‐6)。

 その認識のゆえに、自分たちの働きの結果に落胆することなく、「神の御前で自分自身をすべての人の良心に推薦しています」と、宣教活動に対する姿勢が変わることもありませんでした。また、救われない人々については、伝える側ではなく、聞く側に問題があるとパウロは指摘します。この世の神であるサタンにより、そのような人たちの目には覆いが掛けられていて、福音を理解することができないため、キリストの福音が放つ光も、その心には届かないのだと言います(1‐4)。

 パウロは、福音がうまく伝わらないことの原因が、サタンの存在にあると言及しています。そしてそのサタンの策略に対抗するよう、「闇の中から光が輝き出よ」と言われた神の光が、彼らの心を照らしてくださったと言います。

 それは、イエスの御顔に輝く、父なる神の栄光の輝きでした。パウロはこの宝を土の器の中に入れていました(6‐7)。

 自分自身の、これまでの奉仕活動を振り返りながら、自分に足りなかったものが何であったかに気づくデボーションとなりました。委ねられた奉仕に対して、忠実に働くことは良いことですが、そこに、神の栄光以外の何かを求めていたなら、働き事体は教会形成のために役立ったのかも知れませんが、霊的には後退を招きます。自分の力で頑張って、燃え尽きてしまうのです。

 神はみこころのままに、それぞれ異なった賜物を各信者に与えていると第1コリントで学びましたが、それは必ずしも、自分の好きなもの、得意なものであるとは限らないと言います。もしかしたら、思いもよらない苦手なものである可能性もあるのです。私自身、聖書の学びは苦手で、聖書を読むこともままならない者でしたが、今では、みことばを学ぶクラスを持つようになりました。

 私たちの信仰が完成するその日まで、与えられた奉仕を忠実に行い、試練や困難の時には、土の器の中に入れた宝を思い出し、その輝きに心を照らしていただき、前進し続けていきたいと思います。


祈り:愛する天のお父さま。この章は、私にとって、とても難しい章でありました。何度読み返しても、神の語りかけにたどり着くことができず、失望しそうになっていました。しかし、この状況こそが、この章が私に語りかけているメッセージであることに気づきました。デボーションの奉仕は、私が出来るからと参加している奉仕ではないということ、逆に出来ないからこそ、毎回、苦しいからこそ、与えられた奉仕だということが分かりました。神に信頼し、聖霊に依り頼む訓練として、この奉仕が与えられましたことを感謝いたします。父なる神の栄光、キリストの光の輝きが、書かれたデボーションを読まれる方々の心を、照らしてくださいますように。主イエス・キリストの御名によって祈ります。アーメン。

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