top of page
  • hccnichigo

2023年1月13日 ディボーション

コリント人への手紙第一 10章  


「こういうわけで、あなたがたは、食べるにも飲むにも、何をするにも、すべて神の栄光のためにしなさい。」(1コリント10:31)

 この10章では、偶像に献さげられた肉をどう扱うかということが語られている。*偶像に献げられている肉を食べることは、その偶像への礼拝行為に参加することになる。それはその偶像の背後にいる悪霊と交わることだから食べてはいけない。

*ただしその肉が市場に出回った時には食べても良い。

*しかしある人が、その市場で売っている肉が偶像に献げられた物であることを知っていてそれを知らせたなら、その肉を食べてはいけない。

*なぜならその人は、クリスチャンになる以前にその偶像礼拝をしていたので、その人の良心が傷つくからだ。

 ややこしい展開だが、要は、その肉を食べるかどうかの判断基準は、隣人への愛だということだ。

「自分の利益を求めず、他の人の利益を求めなさい。」(10:24)

「ユダヤ人にも、ギリシャ人にも、神の教会にも、つまずきを与えない者になりなさい。私も、人々が救われるために、自分の利益ではなく多くの人々の利益を求め、すべてのことですべての人を喜ばせようと努めているのです。」(10:32、33)

 コリントの教会には、様々な問題が山積みだった。パウロは、その問題に対する答えを書いている。そして13章がコリント教会への答えのエッセンスだ。結局、大切なのは「愛」だということなのだ。自分を愛するように隣人を愛する。この真理が、すべての問題の答えとなる。

 自分自身は、その肉を食べても問題はない。しかし、もし隣人を躓かせるなら食べないという選択をする、ということだ。

 その選択をする根拠は、「キリストが代わりに死んでくださった、そのような人を、あなたの食べ物のことで滅ぼさないでください。」(ローマ書14:15)とあるように、その一人の人の存在の尊さにある。

 

 ある教会では、聖餐式にブドウ酒を使っていた。しかしアルコール依存症の方が礼拝に来られるようになった。アルコール依存症の方は、たとえ10年間アルコールを断っていても、10年目に一口のアルコールを口にすると元に戻ると言われている。その教会は、その人のために、聖餐式のブドウ酒をブドウジュースに変えた。

 何が大切なことなのか。伝統、規則、先例も大切だ、しかしもっと大切なのは、キリストが命を捨ててまで愛した「その人」なのだ。


閲覧数:30回0件のコメント

最新記事

すべて表示

2023年12月31日 申命記15章

「与えるとき物惜しみをしてはならない。このことのゆえに、あなたの神、主は、あなたのすべての働きと手のわざを祝福してくださるからである。」15:10(一部抜粋) 15章は、七年の終わりごとに負債の免除をしなければならないことについての規定が述べられている。その時に、物惜しみをするなら、その人は罪責を負うと宣言されている。そればかりかすべての祝福も得られることができないのである。 「一人ひとり、いやい

2023年12月30日 申命記14章

この章では、食べ物の規定が書かれており興味深いと思った。申命記はイエス様が、人としてこの世に来て下さる前のことだと、心に留めておかなければならないと思う。 聖書に書かれている食べ物分類は神様からの当時の命令で、これを命じる理由が、自分の愛する子どもたち、イスラエルの民を守るためである。この神様の愛は私たちにも一方的に与えられている。受け取るのは私たちしだい。愛しているから守りたい、という神様の気持

2023年12月29日 申命記13章

預言者や夢見る者が現れ、「さあ、あなたが知らなかったほかの神々に従い、これに仕えよう」と言って私たちを誘惑しようとしますが、あなた方の神、主は、あなたがたが心を尽くし、いのちを尽くして、本当にあなたがたの神、主を愛しているかどうかをしろうとして、あなたがたを試みておられます。(1-3節) 続いて、神は、あなたがたの神、主に従って歩み、主を恐れなければならない。主の命令を守り、御声に聞き従い、主に仕

Comments


bottom of page