top of page

2022年9月4日 ディボーション

  • hccnichigo
  • 2022年9月4日
  • 読了時間: 3分

エレミヤ書40章


 とうとエルサレムとユダがバビロン捕囚となった。

 40章では、バビロンの親衛隊の長であるネブザルアダンのエレミヤに対する温厚なる対処、そしてエレミヤの選択などが示された。


 バビロンの親衛隊長であるネブザルアダンは異教の人でイスラエルの神を信じていないけれども、このバビロン捕囚の事をとおして、主がなされたことが成就されたことを認めているのである。ユダヤの民でさえ信じようとしなかったのに、この異教の人は彼らをはるかに上回るほどに神を知っていたのではないだろうか。2節から4節までのネブザルアダンがエレミヤに語ったことばがとても心に響かされた。


 親衛隊の長はエレミヤを連れ出して、彼に言った。「あなたの神、主は、この場所にこのわざわいを下すと語られた。そして主はこれを下し、語ったとおりに行われた。あなたがたが主の前に罪ある者となり、その御声に聞き従わなかったので、このことがあなたがたに下ったのだ。そこで今、見よ、私は今日、あなたの手にある鎖を解いて、あなたを釈放する。もし私とともにバビロンへ行くのがよいと思うなら、行きなさい。私があなたの世話をしよう。しかし、もし私と一緒にバビロンへ行くのが気にいらないなら、やめなさい。見なさい。全地はあなたの前に広がっている。あなたが行ってよいと思う、気に入ったところへ行きなさい。」2~4節


 なんという温厚なる語りだろうか。鎖を解いて釈放しただけでなくバビロンに行くもよし、やめるもよしとエレミヤに自由な選択をあたえたのである。


 エレミヤが選んだのは、ミツパにいるアヒカムの子ゲダルヤのところに行って、残された民と共に住むことだった。バビロンに行けばなに不足ない暮らしがまっているはずだろうに、あえて残された民と住むという選択をとったのは、エレミヤのユダに対する愛からでたことである。それは、イエスさまの十字架の愛そのものにつながっていくことではないだろうか。もし自分が自由になった時に、自分だったらどうするかと考えさせられるところである。


祈り

愛する天の父なる神さま。

ご自分の民に、何度も語っても聞き入れなかった裁きを下された時の気持ちが、如何ほどだったかと想像を絶するものであります。異教の人で、イスラエルの神を知らない人でもわかるはずのことを、なぜ民はあなたの御声に聞き従うことができなかったのかと思わされます。今の時代も旧約と変わらないことが多々にあります。あなたの御声に聞き従うことができない人々にどうぞ私達を用いて下さい。大胆に語ることができるようにその道を歩ませて下さい。恐れを取り去って下さい。勇気を与えて下さい。感謝して主イエス・キリストの御名によってお祈りします。アーメン


 
 
 

最新記事

すべて表示
2026年4月29日 エレミヤ書52章

長かったエレミヤ書もこれで最後の章となる。最後は、バビロン帝国による南ユダ王国の滅亡と捕囚の様子が記されている。  滅亡の都市はBC586年と言われているが、一度で滅亡したのではなく、段階的に削れられ、最終的な滅亡がこの年ということだ。捕囚も、一度で全員が連れて行かれたのではなく、段階的になされたようである。  28節から30節には、その年と人数の詳細が記されている。7年、18年、23年だから16

 
 
 
2026年4月28日 エレミヤ書51章

『バビロンの海を干上がらせる』 このバビロンは高い城壁に囲まれた難攻不落の古代では、世界最大要塞都市であったことが、ギリシャの歴史家ヘロドトスによって記されていて、バビロンの外周は、約90キロメートルにもおよぶと描かれて(バビロン遺跡発掘調査では、むしろ20キロメートルほどの大きな城壁の都市であった)、この城壁は二重構造で、青いレンガのイシュタル門(現存している)など、ともかく広大な都市であったこ

 
 
 
2026年4月27日 エレミヤ書50章

『バビロンへの裁き』  主が預言者エレミアを通じてバビロンへの裁きを預言しているのですが、この広大な古代都市バビロンは現代のイラク、主とのバクダットから南、およそ80kmのユーフラテス川のほとりにあって、先日TVでここの解説とバビロン遺跡が写されていたのも見たのです。驚いたことは、遺跡の周りにはアパートが建っていたりしている町なのですが、その中にぽっかりと空いた広大な野原というか、いくつもの丘があ

 
 
 

コメント


bottom of page