使徒の働き7章
『最初の殉教者ステパノのメッセージ』
使徒の働き7章は最も長いもので、イスラエルの歴史と民に対する非難を語っているのである。7章は6章の続きで、人々の偽りの告発の為に最高法院に引いて行かれたステパノの長いメッセージが語られている。
51節から53節の説教は、人々が祖先と同じような間違ったことをしてきたことが語られているのである。
要約すると次のようになる。「うなじを固くして、心と耳に割礼をうけない人たち、先祖がいつも聖霊に逆らっていたように、今のあなたがたもそうしている。先祖たちが迫害した預言者達が、正しい方が来られることを知らせた人たちを殺したように、今は、あなたがたが、この正しい方を裏切る者、殺す者となった。御使いを通して律法をうけたのに、それを守らなかった。」
これだけ祖先や自分達の間違ったことをあからさまに指摘されたら、はらわたが煮え返る思いをしないでいられるはずがない。怒りが爆発する寸前だったのだ。しかし、ステパノは、聖霊に満たされて、神の栄光と神の右に立っておられるイエスを見て、56節で、「見なさい。天が開けて、人の子が神の右に立っておられるのが見えます。」と言った。なんという対照的なことでしょうか。片や憎悪と怒りに満ちていて、もう一方は平安と喜びにみちているのである。ステパノがこのことを大胆に言えたということは聖霊の満たしの働きであった為だと解釈者は語っている。だが、そのような発言をした為にステパノは民に殺されるのである。
ステパノの殉教の姿がイエスさまの十字架と重なって心が痛くなった。
「こうして彼らがステパノに石を投げつけていると、ステパノは主を呼んで言った。「主イエスよ、私の霊をお受けください。」59節
そして、ひざまずいて大声で叫んだ。「主よ、この罪を彼らに負わせないでください。」こう言って、彼は眠りについた。」60節
58節にサウロと言う名前がでてくるのを調べてみたら、彼は後のパウロで罪が赦されて福音宣教者として変えられていくのである。ステパノの死に行く前の祈りは決して無駄ではなかったということです。
祈り
ハレルヤ!主の御名をほめたたえます。ステパノの使徒としての働き、殉教に心が打たれました。次の聖句が心に示されました。「まことに、まことに、あなたがたに言います。一粒の麦は、地に落ちてしななければ、一粒のままです。しかし、死ぬなら、豊かな実を結びます。」―ヨハネの福音書24節―
主イエス・キリストの御名によってお祈りします。アーメン
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