top of page
  • hccnichigo

2022年9月13日 ディボーション

エレミア49章


『周辺諸国の裁き』


 神に選ばれて愛されているユダヤの民を迫害する者は裁かれます。例えば自分の子供たちをいじめた者は、親としていつまでも覚えています。さてこの章にはユダヤ民族に敵対する諸国への裁きが示されていますが、ユダヤ民族の歴史に疎い我々には特にわかり難い箇所です。周辺民族の中で聖書の中に特に何度もその裁きが描かれているのはエドム人です。エドム人は貿易で栄え、谷の中の首都ペトラは堅固な要塞でしたがやがて追放され、南に移住する事になり、イドマヤ人と呼ばれますが、預言通りにエドム人は滅亡してゆきます。

 エドム人の先祖はユダヤ人の親戚になります。アブラハムの子イサクには息子が長男エサウと次男ヤコブですね。ヤコブからユダヤ人が生まれ、エサウの長男エリファズからテマンと続きやがてエドム人になってゆきました。しかし、エルサレムが攻略され、逃亡するユダヤ人を拿捕したり、エルサレムを略奪したり、兄弟の契りを忘れてしまった。そのため紀元前5世紀には預言通りにナボテア人が彼らの首都はヘブル語でボツラ、ギリシャ語でペトラからエドム人を追放し、彼らは南部に移住してイドマヤ人と呼ばれた、実に主イエスの時代にバプテズマのヨハネを迫害したヘロデ大王は、このエドム人の子孫イドマヤ人である事に宿命を感じます。


(ボツラの写真)

 ちなみにこの死海の南の山岳地帯にあるボツラ(ペトラ)に終末の時に、エルサレムを追われたユダヤ人が逃げ込む場所であり、そこでユダヤ人が民族的悔い改めをするとされています。それはユダヤ人が主イエスを自分達の神であると告白することで、その時に主は再臨すると約束されています。ですから現在ここを見学するクリスチャンの中にはボツラの壁の隙間に聖書を残しておいて終末のユダヤ人たちが聖書を読むことができるようにしていると聞きました。なんとも息の長い計画ですが、確かに聖書預言に基づいているなぁと感心します。


16節「岩の裂け目に住む者、丘の頂を占める者よ。おまえの脅かしと高慢は、おまえ自身を欺いている。鷲のように巣を高くしても、わたしは、おまえをそこから引きずり降ろす。ー主のことば」みことばの通り、人は住まずボツラは廃墟となっています。


 さらにアンモン人はアブラハムの甥であるロトの子孫、ロトの娘、姉が産んだ子の子孫がモアブ人で、妹が産んだ子の子孫がアンモン人、ユダヤ人のいわば親戚で守られていたにも関わらず、捕囚に引かれてゆくユダヤの民に対して、助けるどころかアンモン人が、あはは、と言って嘲った罪で裁かれる。

 黙示録7章にはイスラエルの部族から14万4千人が選ばれ14章6節では彼らがあらゆる国民、部族、言語、民族に永遠の福音を伝える事が記されています。ですから神に召されたユダヤの民、主イエスを信じる残された者たちは、この世にとっても重要な存在なのです。彼らを迫害する民は裁かれてゆくと聖書は示しています。私たちクリスチャンも主イエスによって接木されてイスラエルの民のように神の子とされました。この世では迫害はあるかもしれませんが、肉体の死を迎えても終末の時の最後の審判では第二の死、ゲヘナに投げこまれることはありません事に感謝します。


祈り

 神はたったひとり、アブラハムからユダヤ民族を起こし、彼らを通して世界への福音伝道の為に選ばれたのですね。神の奥義はとてつもない時間をかけて実現してゆくとおぼろげながらわかってきたことに心から感謝いたします。主イエスによって神の子とされたことにも感謝します。アーメン



閲覧数:35回

最新記事

すべて表示

2022年12月31日 ディボーション

ダニエル書 9章 『御心ならば』 ダニエルはエレミヤの預言により、捕囚が70年間であることを知り、あと3年でその期間が終わることを悟った。と同時に、同胞が犯してきた罪に思いを巡らせた。イスラエルの民が幾度となく神さまを裏切ったこと、偶像崇拝で聖都を汚したこと、エルサレム神殿を荒廃させてしまったこと、なにより神さまが用意してくださった悔い改めのチャンスを受け取らなかったこと。 「そこで私は、顔を神で

2022年12月29日 ディボーション

ダニエル書7章 『ダニエルの見た夢』 ダニエルの見た夢は、4頭の大きな獣であった。2章でネブカドネツァル王が見た像の夢と似通った幻である。第1の獣は獅子のようなもの、第2の獣は熊に似たもの、第3の獣は豹ににたもの、そして第4の獣は大きな鉄の牙を持った恐ろしく不気味なものであった。それは、地上にいる獣と比較することができないほど恐ろしく、最強で、ものすごかったのである。まるで黙示録の中にいるようだ。

2022年12月26日 ディボーション

ダニエル書4章 『聖霊によって変えていただく』 アイゾン直子 ネブカドネツァル王は、数々の奇跡を目の当たりにした結果、イスラエルの神を褒めたたえるようになりました。しかし、唯一の神として認めることはできませんでした。彼は自分が神に等しい者と思っていたのかもしれません。そんな栄華を極めた生活の中、彼はある夢を見ます。そしてその不可解な夢を恐れた王は、呪法師や呪文師、占星術師たちに話しますが、誰も夢の

Comments


bottom of page