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2022年9月1日 ディボーション

エレミヤ書37章 

 

“Israel’s Repeated Sin, God’s Relentless Love”

 

 エレミヤ書37章は、ユダヤ人が初めてバビロンに連行された後の出来事について書かれています。エルサレムは陥落し、ネブカドネザルによって傀儡の王としてゼデキヤ王が置かれました(1節)。

 ゼデキヤは、偽預言者たちの預言は間違っており(19節)、真の神のことばを語る預言者はエレミヤだけであることを承知していました。そこでゼデキヤは、自分たちのために神に祈るようにと、エレミヤのもとに代表者を送りました(3節)。

 そして、エレミヤから返ってきたことばは、決して良い知らせではありませんでした。エルサレムの状況は改善されたように見えましたが、主のことばは、敵であるカルデア軍がエルサレムを焼き払い、占領すると宣言したのです(8節)。

 カルデア軍がエルサレム包囲から一時撤退すると、エレミヤは脱走の濡れ衣を着せられ、投獄され、殴られました(11-15節)。エレミヤが投獄されている間、ゼデキヤ王は再び、今度は密かにエレミヤに神のことばを求めます。エレミヤの答えは、「あなたはバビロンの王の手に渡されるであろう。」(17節)でした。このような警告にもかかわらず、ゼデキヤとその家来たち、そしてエルサレムに残った民は、神に背き続けたのです(2節)。

 

 旧約聖書には、神の愛と忍耐、裁き、そしてイスラエルが犯し続ける罪についての物語がたくさんあります。神はご自分の民に手を差し伸べ続けますが、ほとんどの場合、神の民は罪を犯し続け、自分たちのやり方で物事を進め続けるのでした。

 エレミヤ書に限らず、旧約聖書全体において、このパターンが続いています。旧約聖書は、そのままにしておくと、神の約束が果たされていない不完全な書物になってしまいます。残念ながら、ユダヤ人は今日まで旧約聖書しか聖書として持っていません。

 しかし、クリスチャンである私たちは、新約聖書も持っています。新約聖書には、神がなさったすべての約束が、イエス・キリストによって成就されたことが書かれています。イエスは、弟子たちに会われたとき、こう宣言されました。「わたしがまだあなたがたと一緒にいたころ、あなたがたに話したことばはこうです。わたしについて、モーセの律法と預言者たちの書と詩篇に書いてあることは、すべて成就しなければなりません。」(ルカ24:44、新改訳2017)

 続けて「それからイエスは、聖書を悟らせるために彼らの心を開いて、」(ルカ24:45)と語られました。

 イエスの弟子たちは、ユダヤ人として幼い頃から旧約聖書を勉強し、暗記して育ちました。しかしイエスは、弟子たちが聖書に書かれているイエスについての真理を完全に理解するために、彼らの心を開く必要があったのです。

 クリスチャンである私たちは、聖霊を通して、旧約聖書の中にあるイエスについての深い真理を知ることが出来るのです。もし私たちが十分に深く観察するなら、すべての聖書の御言葉がイエス・キリストを指し示していることにすぐに気がつくでしょう。

 エレミヤ書37章でさえ、4つの福音書に啓示されているように、イエスが私たちのためにどのように苦しまれるかについて見ることができるのです。イエスの役割の一つは預言者でした。しかし、エレミヤと同じように、拒絶され、打ちのめされました。しかし、エレミヤの苦しみとは異なり、イエスの傷を通して、私たちはみな癒されたのです(イザヤ53:5、1ペテロ2:24)。

 

 父なる神さま、今日のみことばを感謝します。あなたは、そしてあなただけが神であり、賛美に値するお方です。

 あなたは、エレミヤ書や旧約聖書のすべての記述を通して、王たちだけでなく、すべての人々が神に従わないという性質を持っていることを明らかにされました。 

 私たちは自分が聞きたいと思うことにしか耳を傾けない傾向があります。たとえそれが誤りであっても、「良いこと」だと思うことに注意を払います。

 また、あなたの警告が私たちの命を救うかもしれないにもかかわらず、それを無視します。父なる神さま、私たちはみな罪人であり、自分ではあなたの御心に従うことができないことを自覚しています。

 父なる神さま、私たちのすべての罪のために死んでくださったイエス・キリストと、私たち全員をあなたの「かたち」にますます回復させてくださる聖霊の業に感謝します。

 この聖霊の働きは、私たちをますますあなたの御心に従って生きることができるようにしてくれますから感謝します。

 どうか父なる神さま、私たちがもっともっとイエスさまのようになれるように、私たち全員に御霊が働き続けてください。

 父なる神さま、ありがとうございます。父なるさま、私たちはあなたを愛しています。In Jesus’ Name we pray, amen.

 

 

The accounts of Jeremiah 37 occur at a time after the first exile of Jews to Babylon. Jerusalem has fallen and is now under the puppet king Zedekiah who was placed there by Nebuchadnezzar (v.1). By now, it was obvious to Zedekiah that all of the false prophets were wrong (v.19) and the only one who truly spoke God’s Word was Jeremiah. Therefore, Zedekiah sent his representatives to Jeremiah to pray to God on their behalf (v.3). The word of the Lord came to Jeremiah and it was not good news. Although Jerusalem’s situation appeared to have improved, the word of the Lord declared that the enemy Chaldean army will burn and capture Jerusalem (v.8). When the Chaldean army temporarily withdraws from besieging Jerusalem, Jeremiah is falsely accused of deserting and is imprisoned and beaten (v.11-15). During Jeremiah's imprisonment, King Zedekiah once again, this time secretly, calls on Jeremiah for God’s council. Jeremiah’s response to Zedekiah “You shall be delivered into the hand of the king of Babylon” (v.17). In spite of all these warnings, Zedekiah, his servants, and the people that remained in Jerusalem continued to be disobedient to God (v.2). 

 

The Old Testament is full of stories about God's love, patience, judgment, and Israel’s continuous sin. God continues to reach out to His people and, for the most part, God’s people continue to sin and do things in their own ways. Not only in the Book of Jeremiah, but in the Old Testament as a whole, this pattern persists. If left to stand on its own, the Old Testament becomes an incomplete book of unfulfilled promises by God. Unfortunately, the Jews to this day only have the Old Testament as their Bible. As Christians, however, we also have the New Testament. In the New Testament, we read that all of the promises that God made were fulfilled through Jesus Christ. When meeting with His disciples, Jesus declared: “These are my words that I spoke to you while I was still with you, that everything written about me in the Law of Moses and the Prophets and the Psalms must be fulfilled” (Luke 24:44, ESV). Immediately after this, the narrator observed: “Then he opened their minds to understand the Scriptures” (Luke 24:45, ESV). Although Jesus’ disciples, as Jewish men, were raised from an early age studying and memorizing Old Testament Scripture. Despite His disciples’ previous academic activity, Jesus needed to open their minds for them to fully understand the truths about Him in Scripture. As Christians, through The Holy Spirit, we have Jesus with us to reveal the deeper truths about Him in the Old Testament. If we look deeply enough, we will soon discover that all of Scripture points to Jesus Christ. Even in Jeremiah 37, we can see hints of how Jesus will suffer for us as revealed in the four Gospels. One of Jesus’ roles was a prophet. However, just like Jeremiah, He was rejected and beaten. However, unlike Jeremiah’s suffering, through Jesus’ wounds, we were all healed (Isaiah 53:5; 1 Peter 2:24).

 

Thank You, Father, for today’s Word. You, and You alone are God and worthy of our praise. Through the writings of Jeremiah and all of the Old Testament, you revealed to us that not only the kings, but all people possess a natural tendency to disobey You. We tend to listen only to things that we want to hear. We pay attention to what we see as “good things,” even though they may be false. We also ignore Your warnings, even though they may save our lives. Father, we realize that we are all sinners and have an inability to obey Your will on our own. Thank You, Father, for Jesus Christ, who died for all of our sins, and the regenerating work of Your Holy Spirit who is restoring all of us more and more back into Your Image. Thank You, for this ongoing work of Your Spirit, Who is making us more and more able to live our lives more according to Your will. Please, Father, continue to have our Spirit work in all of us so we can become more and more like Jesus. Thank You, Father. We love You, Father. In Jesus’ Name we pray, amen.


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