2022年8月9日 ディボーション

エレミア書14章


『涙の預言者』


 14章の17節の中に、「私の目は、夜も昼も涙を流して」とありますが、エレミヤはまさに涙の預言者でした。生まれ故郷のアナトテの隣人からさえ命を狙われ(11:21)、家族からも見捨てられ(12:6)、一生独身でいるように示され(16:2)、バビロン捕囚を言い続けたために他の偽預言者や祭司と民からもから迫害を受けた(20:2 26:9)。エレミアは一人で悩み続けました。

 主イエスも一人で迫害を受けたように、エレミアも四面楚歌に見えます。しかし実は主なる神が彼を支えておられたのです。エレミアの涙の苦痛は主イエスの涙の苦しみ、神の苦しみを表しています。そうしてエレミアの初めのメッセージは「悔い改めよ」の一言に尽きるかもしれません。このように周りの者たち全てから嫌われたエレミアの預言。

 バビロン捕囚が起こりエルサレムは滅びてゆくのをエレミアは自分の眼で見ることになりました。しかし悔い改めのメッセージから今度はこの涙の預言者エレミアは、捕囚されていったユダヤ人に希望を与えるメッセージを送ります。バビロン捕囚は70年で終わる(25:11〜12)という希望を語ります。確かに歴史を見るとバビロン捕囚はその通りに70年で終わります。聖書でこのバビロン捕囚が繰り返される理由のひとつには、この時点をもってユダヤ人の偶像礼拝が徹底的になくなったのです。確かにこの捕囚以降、偶像礼拝はユダヤ民族から取り去られましたが、その代わりに律法を細かく解釈して律法主義に走って行く姿を見るのです。


 聖書の流れから言うと旧約聖書の全体が神の義が示された書とすれば、新約聖書はそれに続く神の愛が示された書と見ることができます。父なる神の義が示されて、神の義に基づく愛が示されます。


 さて仏教とキリスト教を比べて、キリスト教の愛を上手に表した文がありました。仏様の愛は、阿弥陀仏の慈愛、母の愛であってキリストの愛は義を求める父の愛。なるほど確かに真実を言い当ています。キリスト教は父なる神の愛だけに、愛のムチもあり、時には我々に痛みがありますが、この世はまず神の義があって、続いて神の恵み、愛がある事に気づきます。

 エレミアの悔い改めのメッセージとエルサレム滅亡のメッセージを受ける側にとってはわざわいの預言者と写って忌み嫌われた事も納得できますね。


 14章ではこの地での日照りが罪に対する咎とされています。なんとレビ記にもこのような日照りの話が咎としてあります。アメリカもヨーロッパも日照りが激しくなってきました。レビ記26章19〜20節「わたしは、自分の力を頼むあなたがたがの思い上がりを打ち砕き、あなたがたがの天を鉄のように、あなたがたの地を青銅のようにする。あなたがたの力は無駄に費やされる。あなたがたの地は産物を出さず、地の木々も実を結ばない。」

 カルフォルニアのオレンジ群Cowan Heightsに住む親戚がこぼしていた、この住宅地は公共水道局から何年か前にプライベート水道会社に移管したのが原因で今年から急激に水道料金の値上がりがって、月々の請求が1200ドルにもなったと言うのだ。草花に水も撒けないという。確かに南カルフォルニアの水不足は深刻で、自分がよく行っていた北カルフォルニアのスノールゴルフ場は水道料金が高くなってしまいついにゴルフ場を閉めてしまった。 カルフォルニアの農家も水不足を訴えている。

 このような世の中で主イエスは、大きな声で言われている。「だれでも渇いているなら、わたしのもとに来て飲みなさい。」。エレミア14章22節「国々の空しい神々の中に、大雨を降らせる者がいるでしょうか。私たちの神、主よ、それはあなたではありませんか。わたしたちはあなたを待ち望みます。あなたが、これらすべてをなさるからです。」


祈り

大雨を降らせ、夕立を降らせる我が神よ、恵の雨でこの地を潤して下さい。希望の水をお与え下さい。心が乾ききってしまっている方に潤いを、心の芽が育たない我々に生きる水をお与え下さい。私たちは主を待ち望みます。アーメン

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