エレミヤ書10章
10章の前半は、偶像の神々の虚しさと、天地を造られた真の神が対比されている。
「それは、きゅうり畑のかかしのようで、ものも言えず、歩けないので、運んでやらなければならない。そんなものを恐れるな。害になることも益になることもしないからだ。(5節)
8、9節には、その偶像がどんなに名匠の作であり、高価な素材を使っていても、「間抜けであり、愚かなこと。」(8節抜粋)とされている。
それにしても「きゅうり畑のかかし」とは…、ちょっと笑ってしまった。
さらに、「あなたがたは、彼らにこう言え、『天と地を造らなかった神々は、地からも、この天の下からも滅び失せる。』と。」(11節)と言われる。
最近さかんに報道されている「統一教会」の問題は深刻だ。これを契機に政治家との結びつきが一掃され、組織が弱体化されることを願う。この団体は、宗教を隠れ蓑にしたマインドコントロールによる詐欺集団だ。
この団体は、聖書を使う。しかし、本当の教典は『原理講論』というもので、聖書はカモフラージュのために使っている。当然聖書の解釈もメチャクチャだ。
その『原理講論』では、次のように教えられるそうだ。「統一教会では、人間の堕落によって原理原則の中に閉じ込められた可哀想な神様を、人間が100%の努力をすることによって解放してさしあげ、その悲しみを癒やしてあげなければならない。」
これが偽りの神々の言うことだ。人間が神を救わなければならいと教える。そのために人間は努力をしなければならない。
それに対して、真の神は「主は、御力をもって地を造り、知恵をもって世界を堅く据え、英知をもって天を張られた。」(12節)と語られる。
天地を造られた神は、人間を救う神である。天地を造らなかった神々は、人間が救って差し上げなければならない神々である。
私たちは、案山子のような偶像の神々ではなく、天地を造られた真の神を神として信じているのだ。このお方に、これからも従っていきたい。
天の父なる神さま。私たちの神は、天地を造られたお方です。そして私たちを救ってくださるお方です。これからもあなたに従っていけるように、偶像の偽りの神々に心が向くことがないように守ってください。主イエス・キリストの御名によって祈ります。アーメン
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