top of page

2022年8月31日 ディボーション

  • hccnichigo
  • 2022年8月31日
  • 読了時間: 2分

エレミヤ書36章


『巻物の焼却』


 神のみことばが書き記された巻物を焼却するということは、今の私達にとって、聖書を焼却するということと同じくらいに値するのではないだろうか。とんでもないことである。だが、例え、巻物は焼却されても神のみことばは永遠に残るものである。

アーメン。


 神は、エレミヤにヨシヤの時代から今日までのことをイスラエルとユダとすべての国々について語ったことばをみな、巻物に書き記せと言われた。なぜなら、3節で、「ユダの家は、わたしが彼らに下そうと思っているすべてのわざわいを聞いて、それぞれ悪の道から立ち返るかもしれない。そうすれば、わたしも、彼らの咎と罪を赦すことができる。」と言われておられるのである。何という神の、民を思うご慈悲な気持ちが込められているみことばでしょうか。


 そういう神の愛を無視して、エホヤキムは巻物を暖炉の火に投げ入れて、すべてを焼き尽くしてしまうのである。そればかりか、24節で、「これらすべてのことばを聞いた王も、彼のすべての家来たちも、だれ一人恐れおののくことはなく、衣を引き裂くこともしなかった。」と述べられている。つまり、読まれた巻物が神のみことばであるということを誰も信じていなかったのである。もし王であるエホヤキムが主を心から信じる者であったなら、彼やすべての民が、主を恐れおののき、衣を引き裂いたことでしょう。そして、悔い改めることができたことでしょう。指導者の立場としての責任の重さを示された思いがした。

神は、エレミヤに、再びもう一つの巻物を取り、エホヤキムに厳しいさばきのことばを書き記せといわれるのである。神を畏れずに、悔い改めることを知らない者への最後の審判が下るのである。


 


愛する天の父なる神さま。あなたの愛を心から感謝します。

あなたのみことばは 私の足のともしび 私の道の光です。」詩篇119:105

私達の人生を導く光は聖書のみことばであることを、いつも心の糧として歩ませて下さい。そして、そのみことばを多くの人々に伝えることができますように私を日々導いてください。感謝して主イエス・キリストの御名によってお祈りします。アーメン


 
 
 

最新記事

すべて表示
2026年4月21日 エレミヤ書44章

『わずかな逃れる者』  このところHCCでの月2回の聖書の学びは、イザヤ書なのですが、イザヤの鍵言葉には、残りの者「レムナント」という神の奥義が示されています。このエレミア44章にも、エジプトからエルサレムに帰る、わずかな逃れる者しか残されないと、エジプトに寄留した者たちへの裁きを預言しています。残りの者の参考となるイザヤ書は10章20〜22節「 その日になると、イスラエルの残りの者、ヤコブの家の

 
 
 
2026年4月20日 エレミヤ書43章

『エジプトに寄留してはならない』  聖書の中で、エジプトという国の意味を考えてみると、二つの側面があるようです。一つは避難する場所で、ユダヤ神を守る国であります。例えば、至る所で飢饉が発生した時に、ヤコブが家族と共に、カナンの地からエジプトに食料を求めて非難したり、もしくは、ヘロデ王が、ベツレヘムで生まれた2歳以下の男の子を殺害した時に、幼子であった主イエスを連れて、マリアとヨセフが逃げ込んだ先も

 
 
 
2026年4月19日 エレミヤ書42章

「主の言葉に聞き従ってこの地にとどまるか、それともエジプトに行ってそこに寄留するかの選択に責められるユダの残りの者たち。」  バビロン捕囚を逃れた軍のすべての高官たち、カレアハの子ヨハナン、ホシャヤの子イザンヤ、その他の身分の低い者も高い者もみなエレミヤのところに来て、これからの自分たちの歩む道を主に祈り求めてくれるように頼むのでした。エレミヤは、主がお答えになることは何事も隠さずに伝えることを約

 
 
 

コメント


bottom of page