2022年8月24日 デイボーション

エレミヤ書29章


「平安、将来、希望をあたえる計画」


 エレミヤ書29章~33章までは、エレミヤ書の中心部分でありイスラエル回復の預言と言われている。29章の7節~14節までの御言葉に注目させられた。


わたしがあなたがたを引いて行かせた、その町の平安を求め、その町のために主に祈れ。その町の平安によって、あなたがたは平安を得ることになるのだから」7節


 捕囚されたバビロンの平安のために祈れと主は命令されているのである。その御言葉だけにとどまっていたら、どうして自分達を捕囚した国のために祈らなければいけないのかと疑問が湧いてくることになる。だが、文脈に沿っていったら、神さまにとって、選民もバビロンの民もご自身の創造物である。両者とも愛されておられるのである。捕囚されたからといってそこの民に復讐してはいけないことを示されているのではないだろうかと思わされるところである。まさに、「汝の敵を愛せよ」のみことばが示された。その神の御心が10節~14節に述べられておられるのである。


バビロンに七十年が満ちるころ、わたしはあなたがたを顧み、あなたがたにいつくしみの約束を果たして、あなたがたをこの場所に帰らせる。」10節(一部抜粋)何という神のあわれみにみちた約束でしょうか。


さらに主は、11節で

わたし自身、あなたがたのために立てている計画をよく知っている―主のことば―。それはわざわいではなく平安を与える計画であり、あなたがたに将来と希望を与えるためのものだ。」と語られておられるのである。神は、選民に対してきびしくさばかれたけれど、その後もかれらをいつくしみなる御心をもって「平安」を与えると計画されておられのである。「平安」何という耳に優しく響きわたることばでしょうか。イエスさまも父のもとに行かれる前に弟子達に残された御言葉も「平安」でした。


わたしはあなたがたに平安を残します。わたしの平安を与えます。わたしは、世が与えるのと同じようには与えません。あなたがたは心を騒がせてはなりません。ひるんではなりません。」ヨハネの福音書 14:27


 ただし、神の「平安」なる計画が成就するためには、12節と13節のことを守らなければならないのである。私達にも語られることである。


あなたがたがわたしに呼びかけ、来て、わたしに祈るなら、わたしはあなたがたに耳を傾ける。」12節

あなたがたがわたしを探し求めるとき、心を尽くしてわたしを求めるなら、わたしを見つける。」13節


 主に絶えず呼びかけ、祈り、心を尽くして主を求めていけるような信仰生活になりたいと願うことである。


求めなさい。そうすれば与えられます。探しなさい。そうすれば見出します。たたきなさい。そうすれば開かれます。」マタイの福音書 7節

だれでも、求める者は受け、探す者は見出し、たたく者には開かれます。」マタイの福音書 8節



祈り:

愛する天の父なる神さま。御名をほめたたえます。

今朝の御言葉を感謝します。あなたの御心に添い遂げることができるように、求めて、探し、たたき続けていきます。どうぞその道をお示しください。感謝し委ねて、主イエス・キリストの御名によってお祈りします。

アーメン


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