2022年8月15日 ディボーション

エレミヤ書20章

  

『弱さを用いられる主』

 

「私が、『主のことばは宣べ伝えない。もう御名によっては語らない。』と思っても、主のことばは私の心のうちで、骨の中に閉じ込められて、燃えさかる火のようになり、私は内にしまっておくのに耐えられません。もうできません。」(9)

 

 前章でエレミヤは、焼き物の瓶を用いて、不信仰な民に対するさばきを語りました。焼き物の瓶が陶器師によって砕かれるように、エルサレムは砕かれ、主のわざわいは、エルサレムを含むすべての町々にもたらされると語りました。

 

 それを聞いたイメルの子、祭司パシュフルは、エレミヤを捕らえ、ベニヤミンの門にて鞭打ち、足かせにつなぎました。翌日、パシュフルはエレミヤを解放しますが、その時、パシュフルに対する主のことばをエレミヤは語ります(1-6)。そしてこれまでは「北から来る者」と揶揄されて来たものが、バビロンであることが明確にされます。

 

  パシュフルとは、主の神殿の最高監督者である祭司(共同訳)で、祭司アロンの家系の人です。彼の父イメルは、ダビデ王によって主の宮で奉仕する祭司として選ばれた人ですから(1列王記24:14)、本来なら、神のことばを預言するエレミヤに従い、民を正しい方向に導く役目の人でした。

 

 エレミヤにとって、アロンの家系である祭司に対して、神のさばきを語ることは辛かったであろうと思われます。彼は、他の預言者の誰よりも繊細な心を持った人でした。預言者などになりたくなかったのに、選ばれてしまったこと、語れば語るほど、人々の嘲りの的となること、もう語りたくない、語らないと思っても、主のことばを抑えることはできないこと、更には、人々が彼を反逆者とみなしていることなど、エレミヤの心の葛藤と苦悩は絶えません(7-12)。

 

 語れば孤立し、迫害されることを知りながらも、語らずにはいられない現実の狭間で、エレミヤは自らの誕生そのものを呪っていきます。彼は、母の胎内にいる時から、預言者として選ばれていた(1:5)ことを呪います。自分が生まれてきたのは、労苦と悲しみにあうためなのか、また、自分の一生は恥のうちに終わるのか、と嘆きます(14-18)。

 

 エレミヤの心の葛藤を思うと、とても悲しい気持ちになります。しかしエレミヤの弱さは、イエスの教えそのものです。

 

「あなたがたの敵を愛しなさい。あなたがたを憎む者たちに善を行いなさい。」(ルカ6:27)

 

「あなたがたを呪う者たちを祝福しなさい。あなたがたを侮辱する者たちのために祈りなさい。」(ルカ6:28)

 

「あなたがたの頬を打つ者には、もう一方の頬も向けなさい。あなたの上着を奪い取る者には、下着も拒んではいけません。」(ルカ6:29)

 

「求める者には、だれにでも与えなさい。あなたのものを奪い取る者から、取り戻してはいけません。」(ルカ6:30)

 

「人からしてもらいたいと望むとおりに、人にしなさい。」(ルカ6:31)

 

「自分を愛してくれる者たちを愛したとしても、あなたがたにどんな恵みがあるでしょうか。罪びとたちでも、自分を愛してくれる者たちを愛します。」(ルカ6:32)

 

「自分に良いことをしてくれる者たちに良いことをしたとしても、あなたがたにどんな恵みがあるでしょうか。罪びとたちでも同じことをしています。」(ルカ6:33)


 これらは、自分の努力で成せるわざではありません。主がともにいてくださると信じるなら、できる、のです。エレミヤは、自身の誕生を呪い、人生を嘆きますが、主がともにおられることを体験的に知っていました。知っていたから、己の弱さも委ねることができたのだと思います。

 

 これらエレミヤの葛藤や苦悩は、神に従って生きると決めた者たちへの慰めでもあります。地上では、何の報いもないのかもしてません。けれど、御心に従い続けたその働きは、天において清算されるのです。主を見上げて生きていくこと、目の前にある苦難や試練、誘惑に目を奪われるのではなく、ただ主を見上げて生きることの大切さを、エレミヤの弱さから学ぶことが出来ました。

 

 祈り:愛する天のお父さま。恐れず、福音を伝えることができますよう、導いてください。主イエス・キリストの御名によって祈ります。アーメン。

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