2022年7月21日 ディボーション

ヨハネの福音書16章

 

“Jesus Overcame the World”

 

 イエスと弟子たちは、エルサレムにある家の二階の部屋で過越の食事をしていました。その日の夕方、イエスは弟子たちの足を洗い、誰かがイエスを裏切ることを明かしました。ユダはその時、その場から立ち去りました。その後、イエスと残りの11人の弟子たちは、パンとぶどう酒で聖餐式を行いました。ヨハネによる福音書16章には、イエスが十字架につけられる前の晩に語られた最後の部分が書かれています。

 

 イエスは、弟子たちに迫害が迫っているので、去る前にいくつかの重要なことを教える必要があると説明されました。イエスは父のもとに帰られます。イエスはさらに、聖霊が来られるために、自分が父のもとに戻ることが必要であることを明らかにしています。

 聖霊には二つの大きな目的があります。第一は、聖霊が地上に来て、世の人々に罪を告げ知らせることです。この聖霊の働きは、クリスチャンもノンクリスチャンも、すべての人の中で働きます。私たちは堕落した世界、堕落した制度に生きており、学校では私たちと同じ堕落した人々から学ぶので、「真理の霊」である聖霊が必要なのです。

 これが聖霊の第二の役割につながります。聖霊はまた、これまで明らかにされていなかったことを明らかにしてくださるのです。残念ながら、すべてのクリスチャンが、啓示される内容に関して同意しているわけではありません。ですから、聖霊が私たちを照らし、聖書を完全に理解するためには聖霊が必要であることは、ほとんどの人が同意しています。 

 また、私たちが今読んでいるヨハネの福音書は、聖霊によって書かれたものであることにも同意できます。しかし、多くのクリスチャンを分裂させる一つの主題は、新しい啓示です。何世紀にもわたって、そして今日でさえも、多くの人々がこの聖句を悪用して、しばしば明らかに聖書と矛盾するような新しい啓示を受けたと主張しています。

 しかし、神は主権者であり、今でも私たちに語ることができるという事実も無視することはできません。ですから、14節は、もし聖霊が私たちに何かを啓示するならば、聖霊はイエスをも讃えることになることを思い起こさせてくれます。

 

 23節で、イエスは「わたしの名によって父に求めるものは何でも、父はあなたがたに与えてくださいます。」(ヨハネ16:23, 新改訳2017)と啓示されています。多くのクリスチャンの教師は、この聖句を誤用して、神が瓶の中の精霊のようだと教えています。神は瓶の中の精霊ではありません。

 私たちの多くは、ウクライナでの戦争が今すぐ終わるようにと祈りますが、戦争は続いています。多くの人が癌が無くなりますようにと祈りますが、癌で人は毎日亡くなり続けています。

 では、イエスがこのように言われたのはどういう意味でしょうか。私たちは、イエスが、イエスを本当に知っている11人の弟子たちに対して語られたことを思い出す必要があります。クリスチャンとして、私たちの祈りに欠かせないのは、神の御心にかなうことをお願いすることだと知っています。

 神はこれまでも、今も、そしてこれからも、御心と私たちすべてに対するご計画の範囲内にある祈りに答えてくださるでしょう。この世界では苦しみが続きますが、祈りは答えられるのです。

 その晩の締めくくりとして、イエスはこう宣言されました。「これらのことをあなたがたに話したのは、あなたがたがわたしにあって平安を得るためです。世にあっては苦難があります。しかし、勇気を出しなさい。わたしはすでに世に勝ちました」 (ヨハネ16:33)。

 イエスは十字架上の死と復活によって、この世の支配者である悪魔を征服されたのです。イエスを信じる者は皆、この世に打ち勝ったのです。

 

 父なる神さま、今日の御言葉を感謝します。あなたは神であり、あなただけが聖なる方です。あなたは真理の創造者であり、真理はあなたからしか出てきません。あなたの聖霊、真理の御霊が私たちのうちに住んでいて、あなたの真理を教え続けてくださることを感謝します。

 その聖霊が私たちに罪を示し、間違いを正してくださることを感謝します。そして何よりも、私たちのために十字架で死に、この世に打ち勝つために御子イエスを遣わしてくださったことを感謝します。

 父なる神さま、私たちはイエスの御名によって、あなたが私たちを導き続け、私たちの人生にあなたの御心が成されるようにお願いします。あなたの御霊が私たちを導き、守り、この地上での私たちの人生にあなたの御心を成し遂げることができるように力を与えてください。

 お父さま、ありがとうございます。父なる神さま、私たちはあなたを愛しています。In Jesus’ Name we pray, amen.

  

John 16 contains the final part of Jesus’ last lesson to His disciples. Jesus and His disciples were having their Passover meal in the upper room of a borrowed home in Jerusalem. Earlier that evening, Jesus washed His disciples’ feet and disclosed that someone would betray Him. Judas then ran off into the night. Jesus and the remaining 11 disciples then had communion with bread and wine. John 16 covers the final part of the ongoing teachings that happened that night before Jesus was taken away and crucified. 

 

Jesus explained that He needed to teach His disciples some important things before He left because persecution was coming to them. Jesus will return to the Father. Jesus further reveals that it was necessary for Him to return to the Father for the Holy Spirit to come. There are two major purposes for the Spirit. The first is that the Holy Spirit will come to earth to convict the world of its sin. This work of the Holy Spirit works in all people both Christians and non-Christians, yet on an individual basis. Because we live in a fallen world, a fallen system, and learned in schools from other fallen people like us, we need to Holy Spirit who is the “Spirit of Truth.” This leads to the second role of the Holy Spirit. He will also reveal things not previously revealed. Unfortunately, not all Christians agree on the content of what is to be revealed. Most everyone agree that we need the Holy Spirit to fully understand the Bible as the Holy Spirit illuminates us. We can also agree that the Holy Spirit enabled John to write his Gospel that we are now reading. One subject that divides a lot of Christians, however, is new revelation. Many people throughout the centuries, and even today, have abused this verse and claim to speak new revelations that often clearly contradicted the Bible. However, we also cannot ignore the fact that God is sovereign and He can still speak to us. Therefore, verse 14 reminds us that if the Holy Spirit reveals something to us, He will also glorify Jesus. 

 

In Verse 23, Jesus reveals “Truly, truly, I say to you, whatever you ask of the Father in my name, he will give it to you” (John 16:23, ESV). Many Christian teachers have also misused this verse and taught others that God is like a genie in a bottle. God is not a genie in a bottle. Many of us pray for the war in Ukraine to end now but it continues. Many of us pray for cancer to disappear but people continue to die every day from it. So what does Jesus mean when He said this? We need to remember that Jesus was speaking to His 11 disciples that truly knew Him. As Christians, we know that an essential part of our prayers is to ask God for things that are within His will. God has, God is, and God will continue to answer prayers that are within His will and His plan for all of us. Suffering will continue in this world but prayers will also be answered. To close the evening, Jesus declared:I have said these things to you, that in me you may have peace. In the world you will have tribulation. But take heart; I have overcome the world. (John 16:33, ESV). Jesus conquered the ruler of this world, the devil, with His death and resurrection on the Cross. All that believe in Jesus have also overcome this world.

 

Thank You, Father, for Your Word today. You are God and You alone are holy. You are the author of truth and truth only comes from You. Thank You for Your Holy Spirit, You Spirit of Truth that lives in us and continues to teach us Your truth. Thank you for that same Spirit who convicts us of our sins and corrects us of our mistakes. Most of all, thank you for sending Your Son Jesus to die for us on the Cross and overcome the world. Please, Father, we ask in Jesus’ Name that you continue to lead us and let Your will be done in our lives. Let Your Spirit guide us, protect us, and empower us to accomplish Your will for our lives here on earth. Thank You, Father. We love you, Father. In Jesus’ Name we pray, amen.

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