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2022年7月10日 デイボーション

ヨハネの福音書 5章


 ベテスダの池で病人に声をかけられるイエス。「良くなりたいか。」6節 (一部抜粋)


 イエスさまが、エルサレムに上ってこられた時にベテスダと呼ばれる癒しの池で38年間も病に苦しんできた人を癒やした時の、イエスさまと病んでいる人との会話に考えさせられた。


「イエスは彼が横になっているのを見て、すでに長い間そうしていることを知ると、彼に言われた。「良くなりたいか。」病人は答えた。「主よ。水がかき回されたとき、池の中に入れてくれる人がいません。行きかけると、ほかの人が先に下りて行きます。」イエスは彼に言われた。「起きて床を取り上げ、歩きなさい。」」6節~8節


 イエスさまは、どうしてこの病人に「良くなりたいか。」と問われたのだろうか。その池は癒しで有名で多くの病んでいる人々の集うところであるのはイエスさまもご存知のはずだのに、どうしてこのような質問をされたのだろうかと思った。示されたことは、イエスさまは、いつでも私達の思いも受け入れてくださるお方で、きっとその時も、病人の口から本当に「良くなりたい」ということを聞き入れたかったのではなかっただろうか。


 病人は、イエスさまの問いかけの応答にたいして、普通、誰もが期待する応答、「はい。良くなりたいです。」とは、言わないでまわりくどいことを言ったのである。彼のことばは、半分は諦めと絶望が入り交ざったようなものに思えた。38年間も病む体を引きずってここまできたのに、なんで、誰も助けてくれないのかと、イエスさまに訴えているような彼の答えは、自分自身も昔にあった出来事が思い起こされるようだった。人は、自分のことだけで精一杯である。自分のことだけで大変だのに他人のことなど助けることができないのが現在である。彼のまわりくどいことばのなかに癒されたいという必死で訴える思いがイエスさまにとどいたのである。イエスさまは、彼に、「起きて床を取り上げ、歩きなさい。」8節(一部抜粋)と言われて癒されたのだ。この病人に分かってほしかったことは、本当の癒し主は、頼れるのは、神であるイエスさま以外に誰もいないということだったのだろう。


 

祈り

愛する天の父よ。

私も遠回しでもいいから、自分の口で、主に全き信頼と希望をおいて言えるような者に変えさせてください。とこしえ迄も主と共に歩むことができるようにさせて下さい。

感謝して主イエスキリストの御名によってお祈りします。アーメン。


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