2022年6月18日 ディボーション

イザヤ書49章


『私を形造った方へ』


 神さまの慰めと励ましに満ちみちた49章。神さまはこう告白してくださる。

” わたし(神)はあなたたちが母の胎内にいる時、あなたの名を呼びながら、わたしの大切なしもべ、使徒に任命した。あなたをマスターピースとして形造ったのだよ。そしてどこにでも派遣できるよう、研ぎ澄まされた矢のようにして、わたしの矢筒の中に大切にしまっておいた。わたしの御翼でしっかり守りながらね。わたしはあなたの力になる。

 だからわたしの光に照らされて、地の果てにまでわたしの救いをもたらす者にもなれるんだ。強くあれ。いつ、いかなる時もわたしはあなたを忘れない。ほら、わたしはの手のひらにあなたを刻み込んだ。さあ見てごらん。

 戦いの時はこのわたしが争い、あなたの子らを救う。わたしが主、あなたの救い主、あなたの贖い主。待ち望め、主を! ”


「恵みの時に、わたしはあなたに答え、救いの日に、わたしはあなたを助ける。」(8節抜粋)

 なんと心強い、神さまの絶対的な愛。年度聖句はこれにすれば良かった、かな。

「天よ、喜びの声をあげよ。地よ、小躍りせよ。山々よ、歓喜の声をあげよ。主がご自分の民を慰め、その苦しむ者をあわれまれるからだ。」(13節)

 

 神さま、どうかこのイザヤ49をウクライナの皆さんに届けてください。

 プーチンによる残虐な侵攻が始まって四ヶ月が経ってしまいました。事態は悪化するばかり。少し前になるけれど、今年のイースターの日、ローマ教皇はバチカンからメッセージした。

「お願いです、お願いです、皆さん、戦争に慣れないでください。戦争に慣れないで、平和を願い祈りましょう。」

 ウクライナの人に思いを馳せ、悲痛な表情で「お願いです、戦争に慣れないでください」と二度繰り返した。

 神さま、ウクライナの平和を祈ります。私にもっとできることはないのか、神さまに問い、祈ります。世界中で起きている分断に対し、和解を願う人の祈りが届きますように。神さまのカイロスを待ちますが、できるなら少しでも早めてください。Still 、私の憤りを静まらせ、御霊によって祈れるように整えてください。イエスさまのお名前で祈ります。アーメン

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