2022年5月26日 ディボーション

“Our Everlasting Rock”

 

 イザヤ書26章は、それが書かれた背景を知らなければ、理解することは難しい。イザヤは、自分の生涯の出来事だけでなく、エルサレムの陥落、ユダヤ人の捕囚、残留者の帰還をめぐる出来事についても書いているので、混乱するのです。また、イエスの来臨や、再臨までの未来の出来事についても預言していることを忘れてはなりません。

 イザヤが生きた時代は、ユダの地がアッシリヤの圧制下にありながらも、まだユダヤの独立が存続している時代です。

 しかし、イザヤ書26章は、約200年先の未来の出来事について語っているのです。エルサレムが陥落し、人々は外国の支配下におかれますが、その子孫は自分の国に戻ってくることを明らかにし、ユダヤの人々に希望の神のことばを告げているのです。

 かつての豪華な都が廃墟となり、またバビロンとペルシャという他の王に支配され、極度の抑圧を受けるのです(15節)。しかし、その日、へりくだった残りの者たち(5節)が、自分たちの土地に帰ってくるのです。

 

 しかし、イザヤ書26章の意義は、神の重要な属性と神の民の応答が数多く明らかにされていることにあります。まず、神は私たちを守られ、救いは神からもたらされる(1節)。私たちは信仰によって自分を神に委ねます(2節)。神だけが私たちの「永遠の岩」だからです。私たちは神を信頼することができるのです(4節)。神の民として、私たちは自分自身の判断ではなく、神の判断に従わなければなりません(8節)。さらに、自分の都合で物事を進めようとせず、忍耐強く主を待ち望まなければなりません(8節)。昼も夜も、魂を尽くして神を慕い求めなければなりません(8-9節)。

 しかし、ここで重要な点は、不正な世界に正義をもたらすのは人間ではなく、神であるということです(10-16節)。神の民に敵対する者に、神の正義は勝つのです(21節)。神の民は死に勝利し、再び喜びを歌います(19節)。私たちが知っているように、イエスが死に勝利された時、その日はすでに来ています(ローマ1:4、黙示録1:18)。

 

 神の民として、私たちは神がどのような方であるかを正しく理解しなければなりません。さらに、神の民として、私たちは神にどのように応答すべきかについて正しい知識を持たなければなりません。

 イザヤ書26章は、私たちが自分の身を守るために神に信頼し、頼る必要があること、そして救いは神から来ることを明らかにしています。さらに、私たちは自分自身の理解を信頼するのではなく、神と神のことばに信頼しなければなりません。

 自己啓発本やこの世の知恵に頼ってはいけません。役に立つとはいえ、人気のあるすべてのクリスチャン作家に信頼を置いてはいけません。知恵の源は、正しく読まれ、解釈され、適用された神の御言葉だけです。さらに、真の正義は、正義の創造主である神からだけもたらされます。神は主権者であり、ご自分の正義をご自分の時にご自分の方法で勝たせられるのです。

 最後に、イエスは死に打ち勝ちました。イエス・キリストに信仰を置いたとき、私たちは宇宙の創造主の息子と娘になったのです。真の信仰によって、私たちは主の守り、限りない喜び、そして永遠の命を得ることができたのです。

 

 父なる神さま、今日の御言葉を感謝します。あなたは私たちの永遠の岩であり、私たちの救いの神です。父なる神さま、私たちを愛してくださり、私たち全員を救うためにひとり子イエスを与えてくださったことを感謝します。

 私たちは不確かな時代に生きていますが、それでもあなたに信頼することができることを知っています。人々が失敗し、国が滅び、悪が私たちを苦しめ続けますが、これらのことは一時的なものであることを知っています。

 あなたの御子であるイエスは、すでにすべてに勝利しています。私たちはこれからもあなたを信じ、あなただけに信頼を置いていきます。あなた、あなただけが私たちの永遠の岩です。お父さま、ありがとうございます。父なる神さま、私たちはあなたを愛しています。In Jesus’ Name we pray, amen.

 

 

 

Isaiah 26 is hard to understand without knowing the context in which it is written. Isaiah is confusing because he writes not only about events in his own lifetime, but also about events surrounding the fall of Jerusalem, exile of the Jews, and return of the remnant. Let us not forget that he also prophesied about Jesus’s coming and future events that may not occur until the Second Coming. Isaiah lived in a time when the land of Judah was under oppression from Assyria but still under Jewish rule. However, Isaiah 26 talks about future events that will occur about 200 years in the future. Although Isaiah writes in a time when Jerusalem is still intact, he gives an oracle of hope to the Jewish people revealing that although Jerusalem will fall, and that the people will be subjected to foreign rule, their descendants will return to their land. In that day, the humbled remnants (v. 5) will return to their land. The Jews are now humbled because their once lofty city is now in ruins (v.5). Furthermore, they have now experienced extreme oppression by being ruled over by other kings (v.15), namely the Babylonians and Persians. 

 

What makes Isaiah 26 significant and relevant to all generations, however, is that it reveals many important attributes of God and the response of His people. First of all, God protects us and salvation comes from Him (v.1). We subject ourselves to God through faith (v.2). We can trust God because he alone is our “everlasting rock” (v.4). As God’s people, we must subject ourselves to His Judgements, not our own (v.8). Furthermore, we must be patient and wait on Him, not try to do things on our own terms (v.8). We must yearn for and desire God with all of our soul, day and night (v.8-9). A significant point here, however, is that it is not man who will bring justice to an unjust world, but God (v. 10-16). Although the adversaries of God’s people are not aware of God, God’s justice will prevail (v.21). God’s people will triumph over death and once again sing for joy (v.19). As we know, that day already came when Jesus triumphed over death (Romans 1:4; Revelation 1:18).

 

As God’s people, we must have a proper understanding of who He is. Furthermore, as God’s people, we must have a proper knowledge of how to respond to Him. Isaiah 26 reveals that we need to trust and rely on God for our protection and that salvation comes from Him. Furthermore, we must trust not in our own understanding of things but trust God and His Word. We must not rely on all of those self-help books and other worldly wisdom. Although helpful, we must also not place our faith in all those popular Christian writers. The only infallible source of wisdom is the properly read, interpreted, and applied Word of God. Furthermore, true justice comes only from the creator of justice who is God. God is sovereign and He will make His justice prevail in His own time in His own way. Finally, Jesus conquered death. When we placed our faith in Jesus Christ, we became sons and daughters of the Creator of the Universe. True faith, we gained His protection, endless joy, and life forevermore. 

 

Thank You, Father, for today’s Word. You are our Everlasting Rock and the God of our Salvation. Father, thank you for loving us so much that you gave our only Son Jesus to save all of us. Even though we live in uncertain times, we know that we can still trust in You. People will fail, nations will fall, and evil will continue to give us trouble, but we know that these these things are just temporary. Your son Jesus has already triumphed over everything. We will continue to place our faith in You and trust in You only. You, and You alone are our Everlasting Rock. Thank You, Father. We love You, Father. In Jesus’ Name we pray, amen.


閲覧数:27回

最新記事

すべて表示

イザヤ書66章 『終末での出来事』 イザヤ書の最後となったこの66章を読み比べると、聖書全体の締めくくりの66巻目である黙示録の臭いがする。 22節「わたしが造る新しい天と新しい地が、わたしの前にいつまでも続くのと同じように、ー主のことばー あなたがたの子孫とあなたがたの名もいつまでも続く。」 ここには黙示録と同じように新天新地が示されていますが、ここでの対象は黙示録のように全ての人ではなく、限ら

イザヤ書65章 『わたしはここだ』 「わたしを尋ねなかった者たちに、わたしは尋ね求められ、わたしを探さなかった者たちに、わたしは見出された。わたしの名を呼び求めなかった国民に向かって、『わたしはここだ、わたしはここだ』と言った。」(1) 1節にある「わたしを尋ねなかった者たち」「わたしを探さなかった者たち」と「わたしの名を呼び求めなかった国民」とは、異邦人のことである。イスラエルの民が神に逆らい続

イザヤ書63章 『待ち望め主を!』 あと少しで、難解だったイザヤ書通読が終わる。ちんぷんかんぷんで、解説書を読んでも旧約の歴史を我が事のように思えなくて投げ出したくなった。イエスさま預言だけ、拾い読みしているフシもあった。 でも後半になって、警告や裁きや滅亡の預言だけでなく、その後の希望や慰めが語られ始めると、みことばを自分ごととして受け取れるようになった。現金なものである。 そして気がついた。イ