2022年4月13日 ディボーション

更新日:4月19日

ルカの福音書 7章


「わたしにつまづかない者は、幸いである。」


 25年前、木彫りの2m超えの木像が私や同僚の待ち合わせ場所だった。上野のパンダ、東京駅の銀の鈴、などと同じような私の職場の人々の象徴的場所だった。木像の彼は医者であり、歴史家のルカ。彼の細かさには心打たれる。沢山の人々からイエス様の様子を聞き、書き残して下さった。そしてギリシア人、異邦人に分かりやすいように書かれている。だから異邦人の私にも分かりやすい大好きな福音書だ。沢山の内容がこの7章にも収められている。


・イエス様、百人隊長の奴隷を言葉で癒す。

・ナインと言う街でやもめの亡くなった息子を言葉によって復活される。

・病気、苦しみ、悪霊、目の見えない者、足の不自由な者を癒す。

・パリサイ人シモンの家で罪人とされていた女が涙でイエス様の足をぬらし、髪の毛でそれを拭い、イエス様の足に口づけをし香油を塗った。


 などなど、とにかくルカの記述は細かい。その中でも23節が聖霊様によって与えられた。


「行って、見聞きしたことをヨハネに伝えなさい。目の見えない人は見え、足の不自由な人は歩き、重い皮膚病を患っている人は清くなり、耳の聞こえない人は聞こえ、死者は生き返り、貧しい人は福音を告げ知らされている。 わたしにつまずかない人は幸いである。」(22~23節)


『主が私たちのために何もしておられないように見える時に、つまづかなければ私たちは幸いです』とウィットネス・リー兄弟はこの7章で語っている。


『常にあなたの霊の敵となる者がいる。しかしそれは自分が何者かを見つけ、そして何のために生まれたのかを知る事になる。そして主がいつもその敵と戦ってくださる』とホサナ・ウォン牧師(Hosanna Wong)は語っている。


「なぜなら、主の目は義の者の上にあり、また主の耳は彼らの祈りに傾けられている。しかし主の御顔は悪を行う者たちに敵対するからである。」(1ペテロ3:12)


 私たちの日常生活は心ない行いで溢れている。ロシアのウクライナ侵略は最近の世界情勢の中で一番の心ない行いだ。一人の小さな行い、発言は多くの場所に転がっている。しかしそれが集まった時に戦争へと発展していく。まだ紛争が終わらない。主は働いていらっしゃるのか?と尋ねる人がいる。しかし私は信仰によって信じる。主が主のご計画の中で最善を尽くして下さっている。両国のイエスキリストにあって兄弟姉妹達の上に父なる神が必要を与え、救い、癒して下さる事を。


 先日、スーパーに行った時に、明らかに怪しい目つきの職員に嫌がらせをされた。あまりにも不条理だったのでマネージャーに相談したら、「あの人がおかしいから気にすることはない、私が後で注意しておきます」と対応して下さった。自分が悪くないのに傷つけられることがある。しかし、ちょっと立ち止まって主にきいてみる。何をすべきか聞いてみる。そうすれば必ず解決策を与えてくださるのが実現実行の私たちの神。私が直接、嫌な職員と対決するのでは無く、その職場の方が対処して下さると言う解決策を与えて下さった。様々な方法で私たちを救って下さる主の御手の業を見逃さないようにしたい。

 油断していると悪魔に心を奪われてしまい、人につまづきを与える人へと変貌する可能性がある。だから私たちは信仰によって、父なる神を主と仰ぎ、彼の御子であるイエス様の教えに耳を傾けて毎日心を整える必要がある。人の言葉や行いにつまづいたとしても、全て主はご存じで取りなしてくださる。傷ついた心は主が癒してくださる。父なる神様の言葉につまづかない私であるよう、聖霊様がそばにいて下さる幸いを感謝したい。



【祈り】

 天の父なる神様。今日もあなたがそばにいらっしゃって私に語りかけてくださる事を知りました。あなたは多くの人を用いて私に語りかけてくださいます。必要な時に、必要な御言葉を用いて励ましてくださいます。ありがとうございます。

 世の中にあなたのこのような働きを知らない方が沢山います。あなたが24時間、私たちの為に働き、必要を与え、また私たちの代わりに敵と戦ってくださることを信仰によって信じます。その事を述べ伝える者としてどうぞ用いてください。あなたに用いて頂けるよう、どうぞ土の器として練り直してください。

 今日も生かされている事を感謝して、イエス様のお名前を共に貴方にこの賛美を捧げます。アーメン。




【賛美】新聖歌 397 神の御子にます。Oh, Who’ll stand up for Jesus/ Annie Laurie.



閲覧数:74回

最新記事

すべて表示

ルカの福音書 24章 『インマヌエル@エマオの道』 ”エマオの道”の、珠玉のエピソードはルカにしかない。私たちキリスト者にとって、エマオの道は、うっとり垂涎の、憧れの旅路である。だってイエスさまが同伴してくださるんだから! 前章でイエスさまは二人の犯罪者とともに十字架にかかられた。犯罪者の一人はイエスさまをののしったけれど、一人はイエスさまを神とあがめ無罪を主張した。その時、イエスさまの言ったみこ

ルカの福音書 23章 群衆がしつこく大声をあげ続けた結果、彼らの主張が通り、イエス様が十字架につけられた。何が何でも力づくで要求を押し通そうとする人間の内に渦巻く闇の力は、とてつもなく強い。何ひとつ罪を犯さなかった者を殺すことさえできるのだから。 群衆の扇動によって十字架につけられたイエス様は、こう言われた。 「父よ、彼らをお赦しください。彼らは、自分が何をしているのかが分かっていないのです。」(

ルカの福音書 22章 「みこころがなりますように」 コロナ禍以前、ある兄弟が教えてくれた。「何でも天のお父さんにお願いして祈ったらいいよ、それがみこころならば、必ず叶えて下さるから。」そうか祈ってお願いしたらいいのか、と思い勝手なお願いばかりの祈りが続いた。そのうち私の人生の中で機転となる一つの願いが叶い、そうかこれが御心だから叶えてくださったのかと気づく。全ては神のご意志ならば成る、ということで