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2022年3月5日 ディボーション

箴言19章


『自分の選択をイエスさまの御心で観てみる』


 レント4日目。悔い改めの本来の意味は方向転換にあると、教会の手引きは導いてくれる。まずは今の自分の想いの焦点を神さまに合わせて、「自分の考え方」、「価値観」、「判断」、「選択」が、神さまからずれていないか点検してみましょうと説く。

 4日目は「自分の選択」について。参考箇所は、箴言4章20〜23節だ。

それら(御心)を失うな、自分の心のただ中に保て。それら(御心)は、見出すものにとっていのちとなり、全身の癒しとなるからだ。何を見張るよりも、あなたの心を見張れ。命の泉はこれから湧く。

 ”それら”を”御心”に置き換えるとわかりやすい。

 私たちは日々刻々さまざまな「選択」をしている。朝目が覚めた途端、「選択」を始める。パジャマを脱いで着るものの選択、朝飲むお茶や朝食の選択、メールをチェックしてやるべきことの選択、1日の計画の選択、お祈りの選択、外出の選択。お金の使い道の選択、学びの選択、遊びの選択。瞬間の選択もあれば、中期、長期の人生の選択もある。「礼拝中なんて最高だろうな」と、死にざまの選択なんかもしてみたりする。

人の心には多くの思いがある。しかし、主の計画こそが実現する。」19章21節

 できれば自分の思い通りの選択をして実現したい。でも私たちは知っている。イエスさまのゼツセマネの祈りを。

父よ、みこころなら、この杯をわたしから取り去ってください。しかし、わたしの願いではなく、みこころがなりますように。」ルカ22:42

 イエスさまのようにこう潔くはなれないけれど、私の心の回路は曲がりなりにも方向は見失ってはいない。こんな感じだ。

 私の思いや選択は願いとしてあるけれど、願いは悪いことではなく、実現すれば嬉しくて感謝なんだけれど、仮に万が一どうしても願いが実現しなくても、イエスさまのように御心ならばと謙遜を貫ける、願いが実現せずともよしとして、神さまにゆだねることができる。そういう人に私はなりたい。事実なれたこともある。想定外でも結果オーライで、神さまのご計画の深さ広大さに驚いたこともある。手ばなしてゆだねてもそんなに不安にならなくなった‥‥。

生まれる前から運ばれた者よ。あなたがたが年をとっても、わたしは同じようにする。あなたがたが白髪になっても、わたしは背負う。わたしはそうしてきたのだ。わたしは運ぶ。背負って救い出す。」イザヤ46:3、4

 こんなに愛されているのだから!

 神さま、私たちを愛してくださってありがとうございます。わたしの愛にとどまりなさいと言ってくださったイエスさまに感謝します。御心の道を歩きたいけれど、外れたり迷ったりすることもある私です。その時はどうか、私を誘導してください。

 ドロドーサを想い、祈ります。イエスさまのお名前で祈ります。アーメン

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