top of page
  • hccnichigo

2022年3月28日 ディボーション

伝道者の書 11章


『イエスによる施しに倣う』


 11章の解釈について学んだところ、この章は「施し」について書いているという。1節にある「あなたのパンを水の上に投げよ。」とは、惜しまず、また見返りを期待しないで、施しをせよ、という教えだという。

 施しを与えた相手が誰なのか、またそれによってどのような結果を招いているのかは、分からない。もしかしたら何の役にも立っていないかもしれない。しかし、神はその行為をご存知だというのである。


 これは、モーセの律法に従った考えであろう。新約の時代に生きる私たちにこの律法を守る義務はない。しかし、イエスは「神のものは神に返しなさい。」(マルコ12:17)と言われている。


 私たちが与えられているもので、神からのものでないものは何ひとつない。神は、無条件に、すべての人に、施しを与えておられる。ならば、神の子とされた者が、無条件に、すべての人に施しをすることは、神のみこころにかなっているのではないだろうか。


 以前私が、カハラ近くのビーチパークでウエディングセレモニーに参加していた時、一人の若い、たぶん精神的に病んでいると思われるホームレスの男性が、バスに乗りたいから2ドルくれと言って歩き回っていた。見た感じ少し強面で、尋ね方も物騒で、その公園にいた人たちは皆、彼を敬遠していた。その彼が、ついに私たちの近くに来た。そこには私の子ども達も一緒にいたから、私はまず子ども達の安全を考えていた。そして私は、ただ財布を取り出して、彼が必要とする2ドルを渡していた。

 

 あの時、私と一緒にいた大人達は皆、ある種の恐怖感を抱いていたと思う。しかし、私はなぜかその時、何の恐怖も彼から感じなかった。それより、2ドルを受け取った時の彼の目が今も忘れられないでいる。嬉しくて泣きそうな目だったのである。

 

 あの時、2ドルを渡したのは私だが、そうされたのは、私の中におられるイエスであったことに後で気づいた。イエスのあわれみが彼に届いたのである。だから、私はあの目に出会うことができた。イエスはホームレスの彼と私に、イエスの愛による恵みを与えてくださったのである。

 

「あなたのパンを水の上に投げよ。」と伝道者は語る。しかし、それをなさるのはイエスである。イエスが私にくださるパンを水の上に投げていこうと思う。

 

祈り:愛する天のお父様。私の施しが、私自身の動機ではなく、イエスのみこころによる施しとなりますように。主イエス・キリストの御名によって祈ります。アーメン。

閲覧数:30回0件のコメント

最新記事

すべて表示

2022年12月31日 ディボーション

ダニエル書 9章 『御心ならば』 ダニエルはエレミヤの預言により、捕囚が70年間であることを知り、あと3年でその期間が終わることを悟った。と同時に、同胞が犯してきた罪に思いを巡らせた。イスラエルの民が幾度となく神さまを裏切ったこと、偶像崇拝で聖都を汚したこと、エルサレム神殿を荒廃させてしまったこと、なにより神さまが用意してくださった悔い改めのチャンスを受け取らなかったこと。 「そこで私は、顔を神で

2022年12月29日 ディボーション

ダニエル書7章 『ダニエルの見た夢』 ダニエルの見た夢は、4頭の大きな獣であった。2章でネブカドネツァル王が見た像の夢と似通った幻である。第1の獣は獅子のようなもの、第2の獣は熊に似たもの、第3の獣は豹ににたもの、そして第4の獣は大きな鉄の牙を持った恐ろしく不気味なものであった。それは、地上にいる獣と比較することができないほど恐ろしく、最強で、ものすごかったのである。まるで黙示録の中にいるようだ。

2022年12月26日 ディボーション

ダニエル書4章 『聖霊によって変えていただく』 アイゾン直子 ネブカドネツァル王は、数々の奇跡を目の当たりにした結果、イスラエルの神を褒めたたえるようになりました。しかし、唯一の神として認めることはできませんでした。彼は自分が神に等しい者と思っていたのかもしれません。そんな栄華を極めた生活の中、彼はある夢を見ます。そしてその不可解な夢を恐れた王は、呪法師や呪文師、占星術師たちに話しますが、誰も夢の

ความคิดเห็น


bottom of page