伝道者の書4章
『二人がいい』
伝道者の書は、神の支配にない日常が、どういうものであるのかを語っている。人間は神に造られた被造物であるがゆえに、神を抜きにした人生に希望はない、ということが悲しいほどにわかる。特に、1節から8節で語られていることは、現代を生きる多くの人が、日々の暮らしの中で感じていることではないだろうか。
伝道者は、「いのちがあって、生きながらえている人よりは、すでに死んだ死人に、私は祝いを申し上げる。また、この両者よりもっと良いのは、今までに存在しなかった者、日の下で行われる悪いわざを見なかった者だ。」(2~3節)と語る。
これはまさしく、神に出会う以前の私の心境である。自分は生まれてこない方が幸せだった、と思ったことは幾度もあった。
また伝道者は「ひとりぼっちで、仲間もなく、子も兄弟もいない人がいる。それでも彼の一切の労苦には終わりがなく、その目は富を求めて飽くことがない。そして「私はだれのために労苦し、楽しみもなく、自分を犠牲にしているのか」とも言わない。これもまた空しく、辛い営みだ」(8節)と語る。
これもまた、幸せを履き違えていた頃の私である。バブルの時代に生きた世代にとって、お金があれば幸せ、なければ不幸という図式が、頭の中で成立していた。かといって、裕福な家庭に生まれたわけでもないため、あくせくと毎日朝から晩まで働かなければならない。お金さえあれば幸せを享受できると信じていたあの頃を思うと、なんと空しい毎日を過ごしていたのか、と思う。
そのような、空しい日々を送る人たちに伝道者は、「二人は一人よりもまさる」(9~10節)と語られる。
神は人が一人でいるのはよくないと、助け手を造られた(創世記2:18)。なのに、日本人の多くは、一人で何とかしようと頑張って生きようとする。頑張れるうちはまだいい。でも頑張れなくなったとき、心が病んでしまったら、残された道は悲しい結末を迎えることになる。破滅への道を選ぶことは、神ご自身が悲しまれる。
ひとりぼっちではなく、二人がいい。一人の人に、一人が寄り添えば、ひとりぼっちではなくなる。そして、そこにイエスさまをお迎えするなら三人になれる。愛の家族は二人から始まる。神のみこころがこの身に成りますようにと祈りたい。
祈り:愛する天のお父様。新たな気づきに感謝いたします。助けを必要とする方の心に応答する者とさせてください。主イエス・キリストの御名によって祈ります。アーメン。
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