2022年3月16日 ディボーション

箴言 30章


「神のことばは、すべて精錬されている。神は、ご自分に身を避ける者の盾。」(5節)


「蟻は力のないものたちだが、夏のうちに食糧を確保する。」(25節)

 蟻はとても小さい。しかし朝から晩まで、休まず働き、人間の作った物も簡単に壊してしまう。怠け者は、働き者には敵わない。私は怠け者の一人だ。

 箴言の大半はソロモンの生活経験、職業経験、国政での知恵から示された御言葉から対句方式で書かれたもの。その中で、30、31節は、マサの国の格言集というべきものだそうだ。ここでは、一般の人々が、日常生活で必要な知恵を与えられる。

 ハワイには特に日本では考えられない程の強いアリがいる。ターマイトと呼ばれるシロアリだ。羽がついていて、網戸の隙間から家の中に侵入。外から飛んで来る。やわらかい木製の家具は勿論の事、古くなった漆喰の壁も食べてしまう。獲物を見つけると羽を落として芋虫のような形に変態、自分が食べて作ったトンネルに入り込み、その先で卵をうみつける。漆喰なんて美味しいのか?と思うがハワイのシロアリはそうやって家も壊してしまう。ちなみに、日本では檜、楓などの箪笥は日本の白蟻には強く、長い間受け継がれる貴重な家宝である。しかしハワイに船便で運んだ箪笥たちがまんまと全部食べられてしまった。良い勉強になった。痛みも良い勉強と受け取れるのは聖霊様を通して、主が私の心に愛を注いでくださっているからであろう。

 全て土にかえるように蟻は分解してくれる。それは自然の摂理。ライフサイクルと考えたら彼らは当然の仕事をしているのだ。神様から与えられた仕事を彼らは日々全うしている。それに比べて、彼らより大きな脳があり、考える力を頂いた私はどうか。神様から与えられた仕事を毎日こなしているのか。まじめにこなしていないと思う。言い訳をして色々逃げている自分に気付かされる。そんな気づきを箴言は与えてくれる。こんな愚か者でも生きていられるのは、主が私の盾となって困難な時に守ってくださったから。イエス様に出会う前は、全くその事に気が付かなかった愚か者の私だ。

 私の修行はまだ途中である。神様の学校で、先生はイエス様。だから、日々多くの御言葉によって養われている。心が満たされることは、簡単なことでは無い。しかし、父なる主だけが、私の心を満たし平安にしてくれる。今日のディボーションの時も、神様の導きにより、心平安に静まって祈る時を持たせていただいた事に、心から感謝したい。

【祈り】

「もし、あなたが昂って、愚かなことをしたり、企んだりしたら、手を口に当てよ。」(32節)

「しかし私は、神に生きるために、律法によって律法に死にました。私は、キリストと共に十字架に付けられました。」(ガラテヤ2:19)

 天の父なる神様。自分が、愚か者の弟子である事に気づかず、大口を叩いてしまう私です。私はイエス様の罪の贖いによって十字架によって死んで裁かれました。しかし肉の世界で私を裁くものがいる。また私も人を裁く事があります。たとえ人の行いが義に叶っていなくてもそれは主が扱う領域。もし私があなたの義、律法にそぐわない行いをする時はどうぞあなたが裁いてください。

 今日の御言葉であなたが教えてくださった事を心から感謝いたします。私の歩みは、蟻のようにコツコツ、毎日の一歩は小さいかもしれない。しかし、私の思いではなく、あなたのご計画をどうぞ私に示し、導いてください。そして、一人でも多く、あなたの愛によって生かされいている事を述べ伝える器として用いてください。聖なる、御子イエス様のお名前と共に、御前にお捧げいたします。アーメン。


【賛美】主の御言葉待ち望む 小坂忠先生




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