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2022年2月22日 ディボーション

箴言 8章


『知恵とキリスト』


 知恵、知恵、知恵、箴言の至るところで知恵が主役で出てきている。特にこの8章は箴言の最高峰と言われている。しかし、ここにある知恵は我々の知る世の知恵ではない。

 我々の知恵はどこから来たのか。例えば箴言の知恵は科学ではない、科学はひとつの物を観察して研究し、その実状を知る事だが、この知恵ではない。さらに科学から進んで、対象をひとつの物から他の物や人との相互関係を理解する知恵、聡明もしくは哲学というべきか。人と人との関係の知恵でもない。この知恵は地上の世界ではなく、箴言の知恵は神のみこころを知ること、神のご計画、目的を知る知恵だ。

 それに対してこの知恵と敵対するのは、世の悪、肉であり、遊女であり、罪とある。本当の知恵から人を遠ざけるものが罪だと言う。箴言の知恵は生きていて、我々の持つ科学と哲学の知識の上に築かれ、天上に向かう英知となる、神の前に正しい人となる心の声がここにある知恵である。

1節「知恵は呼びかけないだろうか。英知はその声をあげないだろうか。

11節「知恵は真珠にまさり、どんな喜びも、これとは比べられないからだ。

 さらに知恵を一歩踏み込んで考え、この知恵をキリスト・イエスと置き換えてみると理解しやすくなった。

7〜9節「まことに、わたしの口は真実を告げ、わたしの唇は不義を忌み嫌う。わたしの口のことばはみな正しい。そこには、ねじれたことや曲がったことはない。

 知恵をイエスと考えるのは間違っているだろうか? 使徒ヨハネはイエスをことばとして表している(ヨハネ福音書1章1~2節)。ヨハネはイエス・キリストはことばであり、光であり、いのちであり、真理であるという。であるならばこの旧約聖書の箴言の知恵をイエスと置き換えても良いのではないか。

 箴言に戻り8章17節「わたしを愛するものを、わたしは愛する。わたしを熱心に捜す者は、わたしを見出す。

 やはりこれは主イエスのことを示していると思う。旧約時代には、神の御子主イエスの名前こそ出てきていないが、イエス自身がヨハネ福音書5:39後半「その聖書は、わたしについて証ししているものです。」とおっしゃている。さらに箴言12節には「知恵であるわたし」と表現され22節では「主は、ご自分の働きのはじめにそのみわざの最初に、わたしを得ておられた。」30節「わたしは神の傍らで、これを組み立てる者であった。」ここにこの世の創造の時からおられる、知恵であるキリストを見る。

 キリストが見えるので、この8章が箴言の最高峰となったと思う。そうしてこの主イエスを愛するもの、熱心に探す者とは今のクリスチャンのことも示している。

 我々は確かに主を愛していると告白する。ただこの愛はこの世の感情の愛とは異なり、単に愛していますと告白することだけでは無い。ヨハネ第一5章3節「神の命令を守ること、それが、神を愛することです。神の命令は重荷とはなりません。」主イエスを愛するとは、主の命令を守ること。 どうか主の呼びかけ、真実の声、義の道、主の愛である命令が私たちの心の中に刻まれますように。


祈り

 我らをこころみにあわせず、悪より救い出したまえ、知恵を与えたまえ どうか主イエスよ 私たちが主の命令を知り、みことばを守れますように アーメン

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