2022年2月10日 ディボーション

マルコの福音書12章


“The Great Commandment” Mark 12:28-34


 マルコによる福音書12章28節から34節に記されている、「大いなる戒め」に注目してましょう。

 この戒めは、28節から始まるイエスと当時の聖書の専門家であった律法学者との会話に登場します。この後の節を見ると、イエスが律法学者に対してどのように思われていたかが分かります。「律法学者たちに気をつけなさい。彼らが願うのは、長い衣を着て歩き回ること、広場であいさつされること、会堂で上席に、宴会で上座に座ることです。また、やもめたちの家を食い尽くし、見栄を張って長く祈ります。こういう人たちは、より厳しい罰を受けます。」(マルコ12:38〜40)。

 この律法学者の一人がイエスを陥れようとして、イエスに「すべての中で、どれが第一の戒めですか。」(マルコ12:28)と質問しました。

 イエスはまず、申命記6章4節を引用して答えられました。「聞け、イスラエルよ。主は私たちの神。主は唯一である。あなたは心を尽くし、いのちを尽くし、知性を尽くし、力を尽くして、あなたの神、主を愛しなさい。」(申命記6:4〜5、マルコ12:29〜30)。

 さらにイエスは、レビ記19章18節「第二の戒めはこれです。『あなたの隣人を自分自身のように愛しなさい。』これらよりも重要な命令は、ほかにありません。」(マルコ12:31)と、答えられました。

 イエスに話しかけた律法学者は、イエスに対して、イエスの言葉を傲慢に肯定し、こう宣言しました。「先生、そのとおりです。」(32節)。そして、イエスが言われたことをそのまま述べ、「...どんな全焼のささげ物やいけにえよりもはるかにすぐれています。」(33節)とコメントしたのです。

 イエスは、律法学者が賢く答えたことを見て、彼に「あなたは神の国から遠くない」(34節)と宣言されました。イエスはここで、神を愛し、隣人を愛することは、どんな燔祭や犠牲よりもずっと価値があると断言しているのです。そして、この律法学者自身も、ユダヤ教の供え物や犠牲が無益であることに気づき、神の国へ一歩近づいたのです。その時、他の律法学者は皆、黙ってしまったのです。


 今日、私たちはイエスの教えをどのように適用すればよいのでしょうか。何よりもまず、私たちは神を愛さなければなりません。どのように? 心を尽くし、魂を尽くし、思いを尽くし、力を尽くして、私たちの神である主を愛さなければなりません。

 私たちに求められている愛は、よくラブソングで歌われるような「愛する気持ち」ではなく、「アガペの愛」なのです。アガペの愛とは、行動を要求する動詞です。私たちは、神を自分の人生の第一の焦点とし、神の御心に従って生きることによって、愛を行動に移します。

 神を愛するということは、自分自身や他の人よりも神を優先させるということです。このアガペの愛の実行に必要な努力は、私たちの心、魂、精神、そして力のすべてです。日曜日だけでなく、毎日です。人前に出るときだけでなく、プライベートなときも。何かをしたいと思ったときだけでなく、私たちの人生のすべての呼吸する瞬間がそうなのです。


 さらにイエスは、私たちは自分自身よりも隣人をアガペ的に愛さなければならないことを明らかにしています。私たちは、自分自身よりも隣人の必要を優先するように神から命じられています。これは、イエスが十字架上で私たちのためにしてくださったことです。

 イエスの第一の動機は、私たちの天の父を愛するがゆえに、父をほめたたえることでした。もう一つは、十字架の死に至るまで隣人を愛することでした。もしイエスが私たちのために死んでくださったのなら、私たちは隣人のためにどこまでできるでしょうか。

 ルカ6章32節 で、イエスは「自分を愛してくれる者たちを愛したとしても、あなたがたにどんな恵みがあるでしょうか。罪人たちでも、自分を愛してくれる者たちを愛しています。自分に良いことをしてくれる者たちに良いことをしたとしても、あなたがたにどんな恵みがあるでしょうか。罪人たちでも同じことをしています。」(ルカ6:32〜33)と語られました。

 ここでわかるのは、隣人を愛するということは、すでに自分が愛し、愛されている人たちだけを指すのではないということです。私たちクリスチャンは、自分を愛してくれない人たちをも愛さなければなりません。むしろ、極端に言えば、敵をも愛さなければならないのです(ルカ6:27〜36)。

 イエスはまた、あなたが飢えた人に食べ物を与え、貧しい人に服を着せ、病人を見舞い、囚人を訪ねるのは、イエスのためにすることだと説明しています(マタイ25:35〜40)。

 イエスは、自分自身のことや愛する人を愛してはいけないと教えているのではありません。ただ、自分を愛するのと同じように隣人を愛しなさいと言っているのです。これは簡単なことではありませんし、私たちの習慣や世間が教えていることに反することです。私たちの中には、毎日ホームレスや困窮者を無視して通り過ぎる人がいます。ある人は見知らぬ人の必要性に気づきながらも、自分の家族のためだけにお金を持ち続けることを選択します。

 もちろん、イエスは私たちに家族をないがしろにしろと言っているのではありません。聖書が教えているのは、隣人を愛し、資源を分け与えるクリスチャンは、実はイエスのためにしていることだということなのです。興味深いことに、私たちが隣人を愛するとき、私たちは神をも愛することになるのです。


 お父さま、今日の御言葉をありがとうございました。

 父なる神さま、私たちは皆、特定のグループだけを愛するようにと考える文化の中で育っているので、私たちのやり方を変えるのは簡単なことではありません。日本の文化は、私たちに自分の子どもだけに焦点を当てるようにと教えています。アメリカの文化は、自分自身を優先させるようにと教えています。どちらの文化も、私たちにお金を崇拝し、偶像化することを教えます。

 父なる神さま、私たちを聖霊で満たし、私たちが天の御国に近づくことができるように、聖霊が私たちをあなたの道に導いてくださいますように。

 父なる神さま、私たちがあなたを愛し、隣人を愛することができるようにしてください。あなたが栄光を得られるように、あなたと隣人をアガペで愛せるように助けてください。お父さま、ありがとうございます。お父さま、私たちはあなたを愛しています。In Jesus Name we pray, Amen!

 


“The Great Commandment” Mark 12:28-34


As we continue into the Gospel of Mark, let us focus on Mark 12:28-34 where Jesus talks about what we know as “The Great Commandment.” This passage opens in verse 28 where Jesus is having a conversation with scribes who were the experts in Scripture in those days. We know how Jesus felt about scribes because a few verses later in Mark 12 Jesus said: “Beware of the scribes, who like to walk around in long robes and like greetings in the marketplaces and have the best seats in the synagogues and the places of honor at feasts, who devour widows’ houses and for a pretense make long prayers. They will receive the greater condemnation” (Mark 12: 38-40). One of these scribes, possibly with a pretense to entrap Jesus, asked Him “Which commandment is the most important of all” (Mark 12:28)? Jesus answers first by quoting Deuteronomy 6:4 that reads: “Hear, O Israel: The Lord our God, the Lord is one. You shall love the Lord your God with all your heart and with all your soul and with all you might” (Deuteronomy 6:4-5; Mark 12:29-30). The second, Jesus proclaims Leviticus 19:18: “’You shall love your neighbor as yourself.’ There is no other commandment greater than these” (Mark 12:31). The scribe that Jesus talked to responded to Jesus by arrogantly affirming Jesus’s words declaring: “You are right” (vv. 32). He then restated what Jesus told him and commented that what Jesus said “. . . is much more than all whole burnt offerings and sacrifices” (vv. 33). Observing that the scribe answered wisely, Jesus ended the interaction by decisively declaring to him: “You are not far from the kingdom of God” (vv. 34). What Jesus affirms here is that loving God and loving one’s neighbor indeed has way more value than any burnt offerings or sacrifices. Furthermore, the scribe himself took a step closer to the kingdom of God when he realized the futility of the Jewish practice of burnt offerings and sacrifices. Realizing what just happened, all scribes fell silent.

 

How do we apply Jesus’ teaching today? First and foremost, we must love God. How much? We must love the Lord our God with all our heart and all our soul and with all our minds and with all our strength. The love that is required from us is not that “loving feeling” that we often sing about in love songs but rather agapelove. Agape love is a verb that requires action. We place our love into action by making God the primary focus of our lives and live in accordance to His will. Loving God means that we prioritize God over ourselves and others. The effort required for this agape love in action is all our heart, soul, minds, and strength. Not just Sundays but every day. Not only when we are in public but also in private. Not only when we feel like doing something but every breathing moment of our lives. 

 

The second part reveals that we must also agape love our neighbors over ourselves. We are commanded by God to prioritize the needs of our neighbors over ourselves. This is what Jesus did for us on the Cross. His primary motivation was to glorify the Father because of His love for our Heavenly Father. The second was to love His neighbors, even unto death. If Jesus went as far as to die for us, how far can we go for our neighbors? In Luke 6:32, Jesus reminds us “If you love those who love you, what benefit is that to you? For even sinners love those who love them. And if you do good to those who do good to you, what benefit is that to you? For even sinners do the same” (Luke 6:32-33). We see here that loving our neighbors does not only include people that we already love and are loved by. We Christians must also love people that do not love us. In fact, we must also go to the extreme by loving our enemies (Luke 6:27-36). Jesus also explains that when you feed the hungry, clothe the needy, visit the sick, and visit prisoners, you do it for Him (Matthew 25:35-40). Jesus does not teach that we should not love ourselves and our loved one. He simply states that we need to include our neighbors in this group by placing them above ourselves in priority, right below God. This is not easy and goes against all our customs and what the world teaches. Some of us ignore the homeless and needy every day by walking past them. Some of us are made aware of the needs of a stranger but we choose to hold on to our money for only our family. Of course, Jesus is not telling us to ignore our families. What He is saying is that this is what everybody, sinners and non-believers included, do for their families. What the Bible teaches is that Christians who love their neighbors by sharing their resources with them are in fact doing it for Jesus. Interestingly, when we love our neighbors, we also love God.

 

Thank you, Father, for today’s Word! Father, it is not easy to change our ways as we are all raised in cultures that taught us to love only certain groups of people. Japanese culture teaches us to focus only on our own Children. American culture teaches us to prioritize ourselves. Both cultures teach us to worship and idolize money. Father, fill us with Your Holy Spirit and let Him guide us in Your ways so we too can move closer to the Kingdom of Heaven. Father, please help us to Love You and Love our neighbors. Please help us to agape love You and our neighbors so You may be glorified. Thank You, Father. We love you Father. In Jesus Name we pray, Amen.


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