top of page
  • HCCnichigo

2022年12月8日 ディボーション

ローマ人への手紙 2章


 2章では、神のさばきと神から来る称賛が示された。


 パウロは、冒頭から厳しいことを述べている。他人をさばく者は、自分自身にさばきを下していると言っている。なぜなら、さばくあなたが同じことを行っているからですと、そして、そのようなことを行う者たちの上に真理に基づいて神のさばきが下るのである。そのさばきとは、神のいつくしみと忍耐と寛容を軽んじていること、悔い改めの心をもたないこと、神の律法を聞くがそれを正しく行なわないことなどである。さらに、パウロは、悪を行う者には、ユダヤ人、ギリシャ人であろうともさばきが下り、善を行う者には、ユダヤ人、ギリシャ人にも、栄光と誉れと平和が与えられると語っている。なぜなら、11節で、「神にはえこひいきがないからです。」とずばりとこたえている。そうです。神は、だれにでも平等であり、又、唯一さばくことのできるおかたであるのです。私達は、人のしていることに対してさばくことはできません。主は、マタイの福音書7章1節で、「さばいてはいけません。自分がさばかれないためです。」と言われたからです。


 パウロは、29節(一部抜粋)で「その人への称賛は人からではなく、神から来ます。」と結んでいる。以前に聖書の学びの時に牧師が、「皆さんは何かをした時にそれがとてもよくできた場合に、他者から褒められた時に何と答えますか?」との質問があった。「ありがとうございます。」とお礼を言うのが普通であると思います。そのことでいつも思い出されるお方がいる。天に召されたある信仰の先輩で、その方は、「ありがとうございます。」の後に必ず付け足されることばがあった。それは、「私ではないのです。すべては、神さまなんです。」と、即座に答えられた彼女の信仰の深さに何度も感銘を受けたことがあった。人と人との中で生活している私達は、人から褒められると実に嬉しい。でも、その信仰の先輩のように、誉れは常に神からのものであるということを持ち続けなければいけないのであります。



祈り

 愛する天の父なる神さま。自分自身の罪は棚に上げてしまって、他者の罪を評価してしまいます。どうかそのような時には義なる道を示してください。常に悔い改めていくことができますように導いて下さい。感謝して主イエス・キリストの御名によって祈ります。アーメン


閲覧数:27回

最新記事

すべて表示

2022年12月31日 ディボーション

ダニエル書 9章 『御心ならば』 ダニエルはエレミヤの預言により、捕囚が70年間であることを知り、あと3年でその期間が終わることを悟った。と同時に、同胞が犯してきた罪に思いを巡らせた。イスラエルの民が幾度となく神さまを裏切ったこと、偶像崇拝で聖都を汚したこと、エルサレム神殿を荒廃させてしまったこと、なにより神さまが用意してくださった悔い改めのチャンスを受け取らなかったこと。 「そこで私は、顔を神で

2022年12月29日 ディボーション

ダニエル書7章 『ダニエルの見た夢』 ダニエルの見た夢は、4頭の大きな獣であった。2章でネブカドネツァル王が見た像の夢と似通った幻である。第1の獣は獅子のようなもの、第2の獣は熊に似たもの、第3の獣は豹ににたもの、そして第4の獣は大きな鉄の牙を持った恐ろしく不気味なものであった。それは、地上にいる獣と比較することができないほど恐ろしく、最強で、ものすごかったのである。まるで黙示録の中にいるようだ。

2022年12月26日 ディボーション

ダニエル書4章 『聖霊によって変えていただく』 アイゾン直子 ネブカドネツァル王は、数々の奇跡を目の当たりにした結果、イスラエルの神を褒めたたえるようになりました。しかし、唯一の神として認めることはできませんでした。彼は自分が神に等しい者と思っていたのかもしれません。そんな栄華を極めた生活の中、彼はある夢を見ます。そしてその不可解な夢を恐れた王は、呪法師や呪文師、占星術師たちに話しますが、誰も夢の

bottom of page