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2022年11月8日 ディボーション

  • hccnichigo
  • 2022年11月8日
  • 読了時間: 4分

エゼキエル書20章


「なぜイスラエル」


 ヒッチコックの映画に、と言っても知らない世代には気の毒だが極悪人が死んであの世に送られてしまう話があった。そこで彼が目覚めると豪華なホテルの部屋で執事が待っていて何がお望みですか?と尋ねる。ギャンブルする元手のお金を用意しろ、食事を用意しろ、遊ぶ相手を用意しろと次々と要求して、それがすべて叶えられた。ギャンブル場ではすべての賭けに勝って欲しいものがすべて手に入る。やがて彼が執事に、何でも欲しい物が手に入るのは良いがスリルが無くなった。どうして自分のような者が天国に来る事ができたのだろうと執事に聞くと彼の顔が変わって、ここが天国だと思っているのか!と悪魔の笑いをする所で終わる。

 主は私たちの自由意志、頑なな心のままに任せ、自分の思うように生きさせる事が結果として私たちにとって最悪な罰になるのかもしれない。


 しかし他の民族との扱いに対してイスラエルに対しては異なった神の対応があるように思える。神が選んで育て上げた民であるイスラエルには特別の思い入れがある。エジプトから救い出し、荒野に導きそこで主の定めを告げて、ユダヤの民はそれによって生きる道を示された。しかしイスラエルは頑なな心でその定めを忌み嫌ったので、自分たちの思うようにさせて荒野で彼らを絶ち滅ぼそうと考えた。14節「しかし、わたしはわたしの名のことを思い、彼らを導き出すのを見ていた国々の目の前で、わたしの名が汚されないようにした。

 22節も繰り返し、わたしの名のことを思い、わたしの名が汚されないようにし、イスラエルを諸国の間に散らし、国々に追い散らす、と荒野で彼らに誓った。

 もしこれが他の民族であれば、するがままに任せて滅びに向かっていたかもしれないが、たとえ愛するイスラエルの民が放蕩息子のような振る舞いをしても、その民を選んだ神ご自身の名が汚されることが無いようにしながら、偶像礼拝を続け、神の信頼を裏切ったイスラエルの家をほとばしる憤りを持ってイスラエルを治めることにされたと記されている。

 やがてイスラエルの民を諸国の民の中から導きだし、その散らされている国々からあなたがたを集める。この預言は直接的にはバビロン捕囚後に再びエルサレムに戻るとの預言だ。


 思えば、現在のイスラエルは第二次世界大戦とホロコーストを経験しながら、諸国に散らばったユダヤ人が集められて、1948年5月14日に国家として紀元70年に世界に散らばっていった国民が一つになるという奇跡が起こっているが、このことを示しているようなエゼキエルの預言には、驚かされる。彼らが導き出されたのは創造主である神の名が汚されないためとある。

 イスラエル国家は再び立ち上げられたが、アブラハム契約による約束の土地は未だ与えられていない。これは黙示録にあって将来預言されているキリストが君臨する千年王国の時に確立されるのではないかと思われます。


 旧約聖書になぜ何度も何度もイスラエルの民の話が繰り返されるかと言うと、それは神の人間全体の救いの方法をユダヤ民族の歴史を通じて示されているのです。キリスト教は確かに一人一人の信仰によって救いが与えられます。確かに各自が信仰を持たなければ霊の救いはありません。親が信じたからと言って自動的に子どもも救われるわけではありませんし、永遠の命も栄光の身体もありません。そういう意味では救いは個人の信仰によるわけですが、父なる神の救いは個人へと同時に人類全体にも手を伸ばされているのです、その手はイスラエル民族を通じて、彼らにつながり神の子とされるように、全人類に対し、信じる者への救いの手を伸ばされているのです。イスラエルの民は特別な役目、祭司としての役目が与えられています。彼らはすでに世界各地に散らされてその国の言葉も学びました、やがて12部族のその残された者たちは世界各地に戻ってゆき、未だ信じる機会が無かった者たちに伝導する役目を与えられるのです。このようにして神は一人一人の救いと同時に、人類全体の救いをも用意されている事が理解できた事に感謝致します。


祈り

 ユダヤ人は確かに優秀な民族です、アインシュタイン、フロイドもユダヤ人です。自分の大好きな映画、ジュラシックパークなどの監督スピルバーグもユダヤ人です。マクドナルドの創業者もゴールドマン・サックスもそうです。しかしその優秀さゆえに歴史の中でこれほど迫害を受け続けた民族もいません。

 今日の学びで一人一人の救いからやがて人類すべての救いのためにユダヤ人が活躍すること、神の名が汚されないように、神の奥義として残されたユダヤ人がいるという事が理解できましたことを感謝致します。アーメン

 
 
 

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