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2022年10月31日 ディボーション

エゼキエル書 12章


『神の語ることばは成就する』 byアイゾン直子

 主の忍耐は続いています。しかし、エゼキエルを通して語られる預言について、民は聞いてはいたものの、信じてはいませんでした(12:2)。そこで主は、エゼキエルを用いて、象徴的な行動を命じました。荷物を背負い、自分の手で壁に穴を開けて、暗いうちに出て行く。しかも顔を覆って地を見るな、と言われました。これは、後にユダの王ゼデキヤが、バビロン軍に捕らえられた時、目をえぐられ、連行されるようになるという彼個人への預言ですが、同時に、バビロンにとって有益な人たちも連れて行かれる、というしるしでした。

 これらの行動は、民が見ている前で行うことに意味がありました。王やその軍隊、また職人たちが捕囚となるなら、残された民の生活はもはや安全とは程遠いものとなるからです(18-19)。ゼデキア王の軍隊は散らされることによって、そしてエルサレムに残された民たちは、震えながらパンを食べ、恐る恐る水を飲むことで、主を知るようになる、と言われました。

 しかし神は、予告もなく突然、さばきを下されたわけではありません。必ず預言者を通して、民に警告をしてくださっています。ただし、その警告を聞くか聞かないか、信じるか信じないか、の選択肢は民に委ねられていました。 これは、神が人をご自分の姿に似せて造られたゆえの、扱いです。原罪を持つ罪人であるにも関わらず、神はその人の中にある良心、神の目から見たその人を信頼し、選択肢を委ねてくださるのです。なんと、恐れ多いことかと思います。

 それなのに、当時の民の間には、「日は延ばされ。すべてのまぼろしは消える」、ということわざがあったのです。意味は、神のさばきの預言は成就しない、預言者のまぼろしは消えてなくなる、というものです。

 このことわざに、神は悲しまれたと思います。神はこのことわざを無くすと言われ、代わりに、「その日は近づき、幻のすべては実現する」、と言われました。そして、「わたしのすべてのことば、わたしが語ることは、もはや引き延ばされることはなく、必ず成就する」と言われました。

人の子よ。今、イスラエルの家は言っている。『彼が見ている幻はずっと後のことについてであり、はるか遠い将来について預言しているのだ。』 それゆえ、彼らに言え。『神である主はこう言われる。わたしのすべてのことば、わたしが語ることは、もはや引き延ばされることはなく、必ず成就する ― 神である主のことば。』」(27‐28)

 この神のことばを読んだ瞬間、黙示録を思い出しました。

見よ、わたしはすぐに来る。それぞれの行いに応じて報いるために、わたしは報いを携えて来る。わたしはアルファであり、オメガである。最初であり、最後である。初めであり、終わりである。」(黙示録22:12‐13

 ヨハネの黙示録は、新約時代に生きる人たちに与えられている預言書です。このことがいつ起きるのかは、誰にも分かりません。しかしだからと言って、「彼が見ている幻はずっと後のことについてであり、はるか遠い将来について預言しているのだ。」、と考えるのは危険です。

 神のことば、神の語ることばは成就すると聖書には書いてあります。このことをそのまま信じるなら、「見よ、わたしはすぐに来る」ということばも真実です。黙示録によれば、信者の辿る道は、永遠の御国です。しかし、いのちの書に名のない人たちは、滅びに向かうことがはっきりと書かれているのです(黙示録20:15)。

 罪がこの世からなくなることはありません。なぜなら、この世はすでに悪魔の支配下にあるからです。しかしそのような世の中にあって、主を知る者とされました。ここに何かしらの使命が与えらえていることを感じるのは、私だけでしょうか。

 神はアブラハムに、「あなたは、あなたの土地、あなたの親族、あなたの父の家を離れて、わたしが示す地へ行きなさい。」(創世記12:1)と言われました。このみことばは、私の内にいつも在るみことばです。理由はわかりません。けれど、いつの間にか、私の心に根付いてしまったみことばです。 

祈り:愛する天のお父さま。あなたの忍耐と愛に感謝いたします。神のことばは真実であり、それらは必ず成就することを信じます。あなたの愛が全地を覆い、すべての人が「神に栄光あれ」と賛美する日が来ますように。主イエス・キリストの御名によって祈ります。アーメン。

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