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2022年10月27日 ディボーション

  • hccnichigo
  • 2022年10月27日
  • 読了時間: 3分

エゼキエル書8章


 前章に続き、8章も主に背くイスラエルの民を裁く預言が見られる。

 気になったのは12節「この方は私に言われた。「人の子よ。あなたは、イスラエルの家の長老たちが、暗闇の中、それぞれ自分自身の偶像の部屋で行っていることを見たか。彼らは、『主は私たちを見ておられない。主はこの地を見捨てられた』と言っているのだ。」

 皆さんの中で「見捨てられた」と感じたことのある方はいらっしゃるでしょうか?

 私は何度かあります。それでも人間は一人では生きられない。

 昔、「トワイライト•ゾーン」というミステリーテレビ番組がありよく見ていた。

 ある日のエピソードは狂った科学者が化学兵器を用い、世界中の人類を滅ぼす計画に成功するという場面だった。彼は一人になりたかったのだ。そしてそれに成功する。

 わっはっは、と大笑いすると、自分の眼鏡が床に落ちてしまい壊れる。壊れた眼鏡を拾い驚愕する場面で終わる。現在でもこの科学者と同じことをやりかねない世界のリーダーたちがいる。誰が壊れたメガネを直せるの、と問いたい。

 マタイの福音書22:37から40節にこうある。

「イエスは彼に言われた。「『あなたは心を尽くし、いのちを尽くし、知性を尽して、あなたの神、主を愛しなさい。』これが重要な第一の戒めです。『あなたの隣人を自分自身のように愛しなさい』という第二の戒めも、それと同じように重要です。この二つの戒めに立法と預言者の全体がかかっているのです」

 私は人と関わりたい、人を愛したい、信用したい、でも信用した結果裏切られ見捨てられた。でも神様は私を見捨てない。イエス様が人として生まれるずっと前に書かれた申命記31:6節に「強くあれ。雄々しくあれ。彼らを恐れてはならない。おののいてはならない。あなたの神、主ご自身があなたとともに進まれるからだ。主はあなたを見放さず、あなたを見捨てない」

 知っているのにこの御言葉を忘れていた。イエス様が天に上られた後書かれたヨハネの福音書14:18節にも同じ約束が書かれている。「わたしは、あなたがたを捨てて孤児にはしません。」

 私は一人ではない、いつも神様が共にいて下さる。これらの御言葉により希望が与えられ、また立ち上がることができます。共にいて下さる主に感謝でいっぱいです。


祈り:

愛する天の父なる神様、

自分中心に生きる私をお赦し下さい。あなたのことを常に心に置き御言葉に従い、あなたを愛し他人を自分と同じように愛せるように日々導いて下さい。私にはまだそれができません。もしかして、神様を愛することを第一としなかった?『いのちを尽くして』が抜けていたのかもしれません。『知性を尽くして』が抜けていたのかもしれません。私たちがあなたに素直に従えるようお導き下さい。尊いイエス•キリストの御名により祈ります。アーメン

 
 
 

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