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2022年10月13日 ディボーション

使徒の働き22章 

 

“We are Christ’s Body”

 

 使徒の働き22章では、パウロがエルサレムで捕縛されたことを書かれています。しかしこの時、パウロはすでに第二次伝道旅行(使徒15:36~18:22)を終えていました。エルサレムに入る前、パウロは預言を通して、エルサレムに行けばユダヤ人に捕縛されると警告されていました(使徒21:11)。エルサレム入城後、ヤコブと長老たちは パウロにそのことを警告しました。なぜななら、ユダヤ人たちの一部が、パウロが異邦人にモーセの律法を捨てるように教えているという噂を流していたからです。(使徒21:21)。

 しかし、パウロはそのようなことは教えていません。エルサレム公会議で合意されたように、パウロは異邦人信者に「偶像に供えられたもの、血、絞め殺されたもの、性的不品行を断つ」ことだけを要求しました(使徒15:29;21:25)。

 パウロ自身は生けるキリストの使徒でありながら、律法を守るユダヤ人であったことがわかります(使徒21:24)。ですから、パウロは律法の定めるところに従って、神殿に行き、7日間の浄めの儀式を受けました。その7日間が終わる前に、パウロは捕縛されたのです。パウロは自分が捕らえられ、投獄されることを知っていましたが、「主のみこころのままにさせてください。」と宣言しました(使徒21:14)。

 使徒の働き22章は、捕縛されたパウロが、集まった群衆を前に弁明する場面から始まります。パウロは、自分が生粋のユダヤ人で、当時最も有名なユダヤ人学者であるガマリエルから訓練を受けたと証言しています。

 パウロは、かつて自分がクリスチャンを迫害し、そのためにダマスコに向かっていたこと。しかし、ダマスコに着く前に、彼は光で目が見えなくなり、復活したキリストに出会い「サウロ、サウロ、なぜ私を迫害するのか。」(使徒22:7)という声を聴いたこと。さらにパウロは、イエスの指示により、ダマスコで高名なユダヤ人アナニアに出会ったことを説明しました。

 このときパウロは、アナニアから洗礼を受け、イエスに従うようにと召されたのです。エルサレムに戻ったパウロは、遠く離れた異邦人への使徒としての召命を受けたのです。

 

 使徒の働き22章はまだ続きますが、ここで一旦止めて、聖書の核となる原則に集中してみましょう。人々がクリスチャンを迫害するとき、彼らはキリストご自身を迫害しているのです。使徒の働き8章1節から3節では、パウロが教会を荒らしているのが見られます。パウロはステファノの石打ちに立ち会っています(使徒7:58)。使徒の働き22章4節では、パウロはクリスチャンを迫害したことがあることを認めています。

 しかし、ダマスコへの道中で、イエスは言われませんでした。「なぜ、わたしの民を迫害するのかと。そうでうなく「サウロ、サウロ、なぜ私を迫害するのか。」(使徒22:7)とイエスは言われたのです。

 私たちクリスチャンは、堕落した罪人として、天国に行くまでキリストに似た者に完全に変えられることができないことを理解しなければなりません。しかし、どの教会でもよくあるのが、教会内の対立です。クリスチャンは、他のクリスチャンの目の中にある塵を見つけることに長けています(マタイ7:5)。しかし、多くの人は自分の目の中にあるゴミを無視し、兄弟姉妹を迫害する十字軍にエスカレートしてしまいます。

 イエスはここで、私たちがこのような活動をするとき、結局はイエスを迫害しているのだと教えています。そのためには、すべてのクリスチャンが自分の周りの世界を見る新しい方法を採用する必要があります。私たちは聖書を読み、勉強するだけでなく、聖書を生きなければならないのです。

 パウロはエペソ書6章12節で、私たちの敵は決して人間ではない、と教えています。敵は悪魔とその手下で、キリストの体である教会を分裂させようと懸命に働いているのです。私たちは個人でありながら、キリストにある一つの体の一部であることを決して忘れてはなりません(1コリント12:27)。さらに、キリストのからだは一つの会衆を超えています。キリストの体には、世界中のすべての教会にいるすべての信者が含まれているのです。

 

 父なる神さま、今日の御言葉を感謝します。あなただけが神であり、私たちのすべての賞賛に値します。あなたは究極の現実です。あなたは過去の神であるだけでなく、今日も生きています。あなたは、歴史の中でそうであったように、今日も実在しているのです。

 私たちがお互いに抱いている否定的な考えは、悪魔の策略であることを教えてくださってありがとうございます。私たちの思いがエスカレートして分裂的な行動に出ることは、あなたに対する攻撃であることを教えてくださってありがとうございます。

 父なる神さま、私たちは一人では存在せず、あなたの体の一部であることを意識することができるように助けてください。私たちの誰一人として、あなた以外の人が体の頭ではないことを思い出させてください。

 私たちの意志ではなく、あなたの意志に従えるように、従順であるように助けてください。父なる神さま、ありがとうございます。父なる神さま、私たちはあなたを愛しています。In Jesus’ Name we pray, amen.

 

 

 

In Acts 22, Paul is found detained in Jerusalem. But this time, Paul has already completed his second missionary Journey (Acts 15:36 – 18:22). Prior to entering Jerusalem, Paul was warned through prophecy that he would be bound by the Jews if he went to Jerusalem (Acts 21:11). After entering Jerusalem, James and the elder’s warned Paul regarding the volatile situation as some of the Jews were spreading rumors about him teaching Gentiles to forsake Moses (Acts 21:21). However, Paul confirms that he did no such thing. As agreed in the Jerusalem Council, Paul required Gentile believers to “abstain from what has been sacrificed to idols, and from blood, and from what has been strangled, and from sexual immorality”(Acts 15:29; 21:25). Although Paul was an apostle of the living Christ, we find that Paul was still a Jew that observed the Mosaic law (Acts 21:24). Therefore, as required by the law, Paul went to the temple to go through a seven-day purifying process. Before the seven days were over, Paul was arrested. Although Paul knew about his upcoming capture and imprisonment, he declared “Let the will of the Lord be done” (Acts 21:14).  

Acts 22 begins with the now detained Paul speaking in his defense to a crowd that has gathered. Paul testifies that he is a Jew by birth who received training from the most well-known Jewish scholar in that era, Gamaliel. Paul testifies how he once persecuted Christians and was headed to Damascus to do the same. However, before we made it to Damascus, he was blinded by a light and confronted by the risen Christ who said: “Saul, Saul, why are you persecuting me” (Acts 22:7)?  He continues his testimony explaining that, as directed by Jesus, he met another highly respected Jew, Ananias, in Damascus. It was on this occasion that Paul was called to be baptized and follow Jesus. Upon his return to Jerusalem, Paul fell into a trance and received his calling to be an apostle to the faraway Gentiles.

            Although Acts 22 continues, we will stop here and concentrate on a core biblical principle. When people persecute Christians, they are persecuting Christ Himself. Paul is seen ravaging the church in Acts 8:1-3. Paul was present at Stephen’s stoning (Acts 7:58). In Acts 22:4, Paul confirms that he persecuted Christians. However, on the road to Damascus, Jesus did not say: “why are you persecuting my people.” Jesus said: “Saul, Saul, why are you persecuting me” (Acts 22:7)? As fallen sinners, we Christians must realize that our transformation into Christ’s likeness will not be complete until we go to heaven. However, a way-to-common occurrence in practically all churches is internal conflicts. Christians have a well-refined talent for finding specks of dust in other Christian’s eyes (Matthew 7:5). While ignoring the log in our own eyes, many of us escalate these situations into crusades that persecute our brothers and sisters. Jesus teaches us here that when we do engage in these activities, we are ultimately persecuting Him. This requires all Christians to adopt a new way of viewing the world around them. We must not only read and study the Bible, we must live it. Paul teaches us in Ephesians 6:12 that our enemy is never humans. The enemy is the devil and his minions who are hard at work trying to divide Christ’s body, the church. We must never forget that although we are individuals, we are also part of one body in Christ (1 Corinthians 12:27). Furthermore, Christ’s body goes beyond any single congregation. Christ’s body includes all believers in all churches all around the world.

            Thank You, Father, for today’s Word. You and You alone are God and worthy of all of our praise. You are the ultimate reality! You are not only the God of the past but are alive and well today. You are just as real today as You were throughout history. Thank you for teaching us that any negative thoughts that we have against each other are a scheme of the devil. Thank you for showing us that escalating our thoughts into divisive actions are attacks against You. Father, please help us to maintain an awareness that we do not exist on our own but are all part of your body. Please remind us that none of us are the head of the body but You. Please help us be obedient so we can follow Your will, not ours. Thank You, Father. We love You, Father. In Jesus’ Name, we pray, amen.


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