2022年1月19日  ディボーション

更新日:1月25日

詩篇第五巻 140篇


「私は知っています。主が苦しむ者のために、さばきを行われることを。」(12節)


人間の全細胞は7~8年すると総入れ替えされて新い細胞になるらしい。しかし肉体とは違って、心の傷は食品添加物や、人工着色料の無い物を食べて、空気の美味しい場所に住むだけでは治らない。肉体の暴力だけでなく、言葉の暴力・バーバルアビュースを日常的に受けて育つとそれが当たり前の状況で大人になってしまう。そんな私は自己肯定感が非常に低い子どもだった。

 作者であるダビデも敵の言葉による攻撃に悩まされる。「唇の下には まむしの毒が あります。」(3節)と言っているように彼の心を蝕む。しかし彼は知っていた。誰が解決して下さるか。それは私たちの父なる神。

”You are what you eat" と言うことわざがアメリカでは多く用いられる。元々は 1800年代にフランスの弁護士が言った”Tell me what you eat and I will tell you what you are”との事。ジャンクフードと薬に頼る生活を辞めて、マクロビオティック、ベジタリアン、糖質制限、等を経て20年近くになる。おかげで体は以前より元気になった。心の栄養は主の御言葉を毎日、一日何度でも食べる事。聖書を読む。主に祈る。賛美する。信仰によって繋がれた兄弟姉妹と分かち合いをする。様々な方法で御言 葉を食べることができる。それは主からの恵み。音楽を聴いたり、運動したり、楽しい事をしたりでも心の栄養は得ることはできるかもしれない。しかしそれは対症療法。根本治療ではない。だからすぐに心が乾いて次の快楽を求めてしまう。根本治療ができるのは、父なる神様と御子イエス様、そして直接私の心に触れて下さる聖霊様のみ。

「人の心には多くの思いがある。しかし、主の計画こそ実現する。」(箴言19:21)


「あなたがたが経験した試練はみな、人の知らないものではありません。神は真実なお方です。あなた方を耐えられない試練にあわせることはなさいません。むしろ、耐えられるように、試練とともに脱出の道も備えていてくださいます。」(1コリント10:13)


「天地は消え去ります。しかし、わたしのことばは決して消え去ることがありません。」

マタイ24:35


 主が私たちの為に日々語って下さる御言葉を今日も噛み締め強められ、生かされている事に感謝したい。困難な時にも主がダビデの頭をおおってくださったように(7節) 私たちは主の御手の中にあり守られている。主の愛を知らない兄弟姉妹に分かち合いたい。あなたは一人じゃない。全能の父なる主がいつも共におられる。肉の思いや傷は捨てて良いのだ。


【祈り】

「神は私たちに、臆病の霊ではなく、力と愛と慎みの霊を与えてくださいました。」

(2 テモテ1:7)

  天の父なる神様。今日も貴方の御言葉に励まされた事を感謝いたします。あなたの愛はいつも注がれています。それをどんな状況にあっても忘れず、いつも喜んでいられるように整えてください。主・イエスキリストのお名前によって感謝してお捧げいたします。アーメン。


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