2022年1月12日 ディボーション

詩篇第五巻 133篇


「見よ、兄弟が和合して共におるのは いかに麗しく楽しいことであろう。」(1節、

口語訳)

「How good and pleasant it is when Godʼs people live together in unity!」

(NIV:New International version)


 この聖句は、武者小路実篤氏が好んで色紙などに書いていたらしい。言うが易し。血

のつながりの兄弟姉妹、親子でも仲良くすることは難しい。しかし私たちはイエス・キ

リストを唯一の贖い主として信じる信仰によって結ばれた兄弟姉妹。主に祝福され、愛

を注がれる家族なのだ。英語訳の方が分かりやすい。私たちはGod”s Popele。神様の

子どもなので私に兄弟姉妹と仲良くする力が足りないとしても助けてくださる。聖霊様に

よって心が整えられていく。なぜなら3節にあるように、それは主の教えだから。主に

命じられたから、私の心はそうなるように日々の生活で鍛えられる。


「主がそこに とこしえのいのちの祝福を命じられたからである。」(3節)


 このディボーションブログも約1年半継続している。そのお陰で神様の御言葉がとて

も身近に感じる。そして神様の器として何をすべきか示され、どう行動に移せば良いか

分かるようになって来た。勿論、執筆当初、「霊的に未熟なものがなぜ書いている」と

非難されたこともあり、今も初心忘れるべからず。不十分な器であることは自分が一番

分かっている。何度執筆者を降りようと思ったことか。しかしそれは主が決める事。私

は羊、そして主が羊飼い。主の御計画は完全なのだから主の声に聞き従う道を私は選び

取りたい。同じ牧場にいる羊は主がご用意して下さった私の兄弟姉妹。その事を疑う事

なく聞き従う為には常に主の御言葉を食べる必要がある。


 パウロはこう言っている。


「兄弟愛をいつも持っていなさい。」(ヘブル13:1)


そして先日の説教でも「私たちは一つ」がテーマだった。


「謙遜と柔和のかぎりを尽くし、寛容を示し、愛を持って互いに耐え忍び、平和の絆で

結ばれて、御霊による一致を熱心に保ちなさい。」(エペソ4:2~3)


「御霊による一致を熱心に保ちなさい。」とあるように、自分がUnite することを選び取

らなければならない。そして主の教えを選び取った時、主の恵みはアロンの頭から油が

注がれたように(2節)、またヘルモン山からシオンの山々に降りる露のように(3

節)天から私たちに流れ心が満たされる。そしてそれは異邦人の私たちにも許された恵

みである事に感謝せずにはいられない。だから今日も私の心に平安がある。


「すなわち、イエス・キリストを信じることによって、信じるすべての人に与えられる

神の義です。そこに差別はありません。」(ローマ3:22)


【祈り】

 天の父なる神様。今日も私たちに貴方の恵みを空からふる雨の如く注いでくださり、

ありがとうございます。貴方が望まれる兄弟愛を元にした平和がなされますよう、どう

ぞ私を用いてください。感謝して、イエス様のお名前によってお捧げいたします。アー

メン。

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