2021年9月23日ディボーション

詩篇第一巻 22篇


Salvation in Jesus Revealed Through King David’s Lament


 ダビデの時代の読者にはわからなかったかもしれませんが、今日のクリスチャンの多くは、詩篇22篇の嘆きの歌に希望が隠されていることに気づくでしょう。実は、ここにある希望こそが私たちの究極の救いを示しています。

 この22篇を注意深く読めば、これがメシアであるイエス様の預言であることを私たちは知ります。事実、新約聖書でこのみことばが成就されていることを私たちは確認できるのです。

 ダビデ王は、この嘆きの歌をイエス・キリストがこの地上で、処女マリアから生まれるおよそ1000年前に書きました。


わが神 わが神 どうして私をお見捨てになったのですか。」(詩篇22:1)。このみことばは、十字架に架かるイエス様の最後のことばの一つであり、非常に重要な意味を持っています。

 9時ごろ、イエスは大声で叫んで言われた。「エリ、エリ、レマ・サバクタニ?」 すなわち「わが神 わが神 どうして私をお見捨てになったのですか」(マタイ27:46)と。十字架に架かるイエス様はその最後、詩篇22篇の最初の節を叫んだのです。


 しかし、それ以外にも詩篇22篇にはイエス様の預言がたくさん詰まっています。12節には、イエス様を敵対する人々に囲まれている様子が書かれています。また14節では、十字架の上でイエスの脇腹から水が出て、すべての関節が外れたことが明らかにされています。

 事実、これらの出来事がヨハネの福音書19章34節に記されているのです。15節を見てください。イエス様が十字架の上で苦しんでいる間、どれほど喉が渇いていたかが記されています。16節には、イエス様の手と足が十字架に釘付けにされたことが明らかにされています。そして17節には、イエス様の骨が折れなかったことを明らかにされています。

 ヨハネの福音書19章33節は、これらの出来事について克明に記されています。18節では、ローマ兵がイエス様の服をくじ引きで分けたことが書かれており、これもヨハネ福音書にい、預言の成就として書き残されています(ヨハネ19:23〜24)。


 19〜21節では、父なる神様がどのようにしてイエス様を死者の中からよみがえらせたかが続き、22節では、復活したイエス様が私たちを兄弟と呼んでいることが明らかにされています。26節には、主を求める者はみな、主をほめたたえることが分かり、これは、エレミヤ書29章13節で、「あなたがわたしを捜し求めるとき、心を尽くしてわたしを求めるなら、わたしを見つける。」と、主が約束されていることと似ています。


 さらに興味深いことに、27節はこう宣言しています。「地の果てのすべての者が 思い起こし 主に帰ってきますように。国々のあらゆる部族も あなたの御前にひれ伏しますように。」(詩篇22:27)これは大宣教命令の完了を意味しているようです。また同時に、神様がアブラハムとイサクになさった約束の成就であるとも考えられます(創世記22:18、26:4)。


 28節以降は、イエス様の再臨と、まだ来ていない出来事についてはっきりと語られています。私たちは皆、イエス様がこの地球上のすべての国を治め、王となる日を待ち望んでいます。私たちが知っているように、この地球上のどの国も完璧ではありません。この世のすべての国々には、大きな欠点があります。唯一の真の神を信じる者として、私たちは皆、イエス様が再び来られて、この堕落した世界に真の平和をもたらす日を待ち望んでいます。


天のお父様、今日もあなたのことばによって、私たちを祝福してくださり、感謝します。みことばを通して、私たちは、イエス様、あなたが本物であることをますます信仰によって知ります。

預言は何世紀にもわたってあなたがこの地に来られることを明らかにしました。あなたが来られた時、預言は成就しました。そして、あなたが再び来られるとき、預言は再び成就します。

父よ、あなたの唯一の御子であるイエス様を全世界を祝福するために遣わしてくださったことを感謝します。この救いを感謝します。

We Love you Lord! In Jesus Name I pray, Amen.


(Original)

Salvation in Jesus Revealed Through King David’s Lament

 

Although it may not have been obvious to readers in David’s day, most Christians today will notice that tucked in-between the laments of Psalm 22 is hope. In fact, this hope is our ultimate salvation. A careful reading of Psalm 22 will reveal that this is actually a prophecy of Jesus the Messiah. The New Testament later confirms this. Roughly 1,000 year before Jesus Christ was born through a virgin on earth, King David wrote these words in his song of lament.

 

“My God, my God, why have you forsaken me” (Ps. 22:1)? These words are very significant because these was one of the final words of Jesus as he hung on the cross. “And about the ninth hour Jesus cried out with a loud voice, saying ‘Eli, Eli, lema sabachthani?’ that is, ‘My God, my God, why have you forsaken me” (Matt. 27:46)? In his final words, Jesus cryied out the first verse in Psalm 22.

 

However, Psalm 22 is full of Jesus prophesies. Jesus is further revealed from verse 12, as it describes how Jesus is surrounded by hostile people. Verse 14 reveals how water poured out of Jesus’ sided and all his joints were dislocated on the cross. John 19:34 describes this incident. Verse 15 describes how thirsty Jesus was as He suffered on the cross. Verse 16 reveals how Jesus was nailed to the cross through his hands and feet. Verse 17 reveals how Jesus’s bones were not broken. John 19:33 talks about this incident. Verse 18 talks about how the Roman soldiers divided Jesus’ clothes by casting lots. The Gospel of John confirms that this too was a prophecy fulfilled (John 19:23-24). Verses 19-21 continues with how God the Father raised Jesus from the dead. Verse 22 reveals how the risen Jesus now calls us brothers. Moving through Verse 26, we see that all who seek the Lord will praise Him. This is similar to Jeremiah 29:13 where the Lord promises that all who seek Him will find Him. 

 

Interestingly, Verse 27 comes after the New Testament was written. Verse 27 declares: “All the ends of the earth shall remember and turn to the Lord, and all the families of the nations shall worship before you” (Ps. 22:27) The appears to signify the completion of the Great Commission. This can also be seen as the fulfillment of the promises that God made to Abraham and Isaac (Gen. 22:18;  26:4). 

 

Verse 28 and beyond clearly talks about Jesus’ second coming and events that are yet to come. We are all waiting for the day that Jesus becomes the king that rules over all the nations of this earth. As we all know, no nation on this earth is perfect. All nations on this earth have big flaws. As believers in the one true God, we all anxiously await the day when Jesus will come again and bring true peace to this fallen world.

 

Thank you, father, for blessing us with your word today. Thank you for Word, so we can have more reason to believe, that Jesus, You are real! Prophecy revealed for centuries You were coming. Prophecy was fulfilled when You came. Prophecy will be fulfilled again when You come again! Thank you Father for sending Jesus, your one and only son to to bless the whole earth. Thank you Father for Salvation!

We Love you Lord! In Jesus Name I pray, Amen.

閲覧数:35回

最新記事

すべて表示

マルコの福音書 7章 『外から入って、人を汚すことのできるものは何もありません。』 6章から8章にかけて、イエスさまの有名なパンの御わざが2回出てくる。1回目は男だけで5000人もの人にパンと魚を分け与え、2回目は4000人の人をパンと小魚で満腹にしたという物語だ。聖餐式の原型なのだろうか、神さまの惜しみない恵みを目の当たりにして、にわかに信じられず、右往左往しながらフリーズしてしまう弟子たち。さ

詩篇第五巻 150篇 『十字架は賛美の力の源泉』 とうとうグランド・フィナーレである。角笛と琴と竪琴と、タンバリンとシンバルのあらゆる楽器のフルオーケストラで、ハレル・ヤハ=神をほめたたえよ、と高らかな賛美をいざなう。 大げさな表現は微塵もないのに、ことばの一字一句が気高く揺るぎない。それは神さまが絶対だから。聖書のみことばには霊的な力があることを、ビシビシ教えてくれる詩篇だ。 「御力の大空で 神

詩篇第五巻 149篇 私の夫の両親は、娘と息子たちが幼い頃に描いたパパとママの似顔絵や、想い出の写真の数々を額装し、部屋中に飾っていた。 夫が6歳の時に初めて作った小さな折り鶴は、リビングルームのガラス戸棚の中にちゃんと居場所を与えられ、誇らしげに微笑み、喜んでいるように見えた。 色褪せたそれら一つ一つを見つめる両親の目は、とても優しかった。 その中に、私たち夫婦の写真が加わったのを見た時、胸が熱