top of page
  • hccnichigo

2021年8月9日 ディボーション

マタイの福音書5章


『世の光になる』


 この章は有名な山上の垂訓の章である。この時、時代はまだ旧約の時代、人々はモーセの律法の下に暮らしていた。しかし人々が本当に従っていたのは、モーセの律法ではなく、モーセの律法を破ることのないようにと、律法学者たちによって作られた口伝律法(ミシュナ)である。

 イエスは弟子たちに、「わたしはあなたがたに言います。あなたがたの義が、律法学者やパリサイ人の義にまさっていなければ、あなたがたは決して天の御国に入れません。」(20)と言われ、21章からは「〜と言われていたのを、あなたがたは聞いています。」と口伝律法を否定し、「しかし、わたしはあなたがたに言います。」とモーセの律法を正しく教えられた。

 時代は、イエスの十字架によって変わろうとしていた。人々は、モーセの律法に従うことによって義とされるのではなく、イエスを救い主として受け入れることによって義とされるようになる。そして、イエスはそのように信じる者たちを「幸いな者」と呼ばれた。そして、「世の光」としての役割を与えられた。


あなたがたは世の光です。山の上にある町は隠れることができません。また、明かりをともして升の下に置いたりはしません。燭台の上に置きます。そうすれば、家にいるすべての人を照らします。このように、あなたがたの光を人々の前で輝かせなさい。人々があなたがたの良い所を見て、天におられるあなたがたの父をあがめるようになるためです。」(14〜16)


 イエスは、イエスを信じたすべての人に「あなたがたは世の光です」と宣言された。そしてその光を、「人々が、あなたがたの良い所を見て、父なる神をあがめるようになるために輝かせなさい。」と命じられる。光とされた者はもう隠れることはできない。イエスの再臨は近く、神さまは働き人を探しておられる。神さまの召しにいつでも応答できるよう、準備をしようではないか。


祈り:

 神さまの働き人として、私を整えてください。私を世の光として用いてください。

天の父なる神さま、私はここにおります。主イエス・キリストの御名によって祈ります。アーメン。

閲覧数:22回0件のコメント

最新記事

すべて表示

2024年2月16日 マタイの福音書28章

『イエス様の復活ーいつも共におられるイエス様』 イエス様が十字架上で息を引き取り、弟子のひとりのヨセフがイエス様の体を引き取り、きれいな亜麻布に包み、岩を掘って造った墓におさめ、そして墓の入り口に大きな石を転がしておきました(前章27章)。途方に暮れていたマグダラのマリアともう一人のマリアは、イエス様の遺体に油を塗るために石が塞いでいる墓のところまででかけて行きます。(1節) すると大きな地震が起

2024年2月15日 マタイの福音書27章

マタイの福音書27章では、受難週の金曜日のでき事が記されている。イエスが十字架に架けられる時に数人の人々がどのような態度をとったかが述べられている。それらの人々とは、ユダ、ピラト、群衆、兵士たち、百人隊長、そして、アリマタヤ出身のヨセフ達である。 なかでも、いつも心に思わされるのはイエスを裏切ったユダである。ユダはイエスさまを売り渡したことを後悔する。ユダは4節で、「私は無実の人の血を売って罪を犯

2024年2月14日 マタイの福音書26章

いよいよ主が十字架にかかる時が来た。イエスは、十字架にかけられてしまったのではない、自ら進んで十字架にかかったのだ。 今日は、22節のことばを心に留めたい。 「主よ、まさか私ではないでしょう。」 このことばは、「あなたがたのうちの一人がわたしを裏切ります。」(23)というイエスのことばに対する弟子たちの反応だ。 この一人とは、イスカリオテのユダのことを指している(25節)。ユダは、銀貨30枚でイエ

Comments


bottom of page