2021年8月1日 ディボーション

ヨブ記39章


 神のヨブへの語りは、息つくまもなく続いていく。


 神は、38章で自然界に起こりうることをヨブに述べられて、この39章では動物(岩間の野やぎ、雌鹿、野ろば、野牛、だちょう、馬、鷹、鷲) 等の不思議な生態を通して述べている。野やぎや雌鹿が子を産むとき、野ろばの性格、野牛の生き方、だちょうの愚かさ、馬の強さ、鷹や鷲の高い所に住む所、などは人間の力ではとてもできないことをバーチャル背景で示して下さっている。

 この大自然の中でのすべての出来事がヨブにできるかと問われる主の答えに、さすがのヨブも40章4節で、「あなたに何と口答えできるでしょう。」 と応答している。

 神は、ヨブに改心することを希望して身近におる自然な生態を通して語られた。それは、まるで愛するわが子に悟ってもらうようにと主の御配慮にふれられた思いがした。わが子を思う愛の語らいそのものであった。ヨブだけではなく、私達にも語られていることがしめされた。


 私達も自然界にあるいろんな生態は学んで理解してきたことだけど、すべては創造主がおられるのでできることである。すべてが神の摂理の中にあることだから。神なしでは、私達は無に等しいものである。普段の生活の中で当たり前のこととおもっていたことがそうではなく、すべては神によってなされたことだということを知ることはとても大事なことである。


 子供を出産した時のことを思いだす。自分の子供でなくても誰の子供でも生まれてきたことに感動して泣けてくるのは、やはり神の存在に触れる瞬間ではないだろうか。何年経っても忘れて消えることはない。神からのギフト、神の存在に触れられる瞬間。新しい命を与えてくださった主に感謝!生まれてきてくれた子供達にありがとう!神様は、本当にすごいお方である。

 神様感謝します。GOD is good all the time !


祈り

天の父なる神様。

あなたのみわざを心から感謝します。ヨブをとおして語られていることは、すべて私にも語られていることです。あなたのおかげでこの世に生を与えられて、イエス様の十字架の血潮によって罪から救われて、永遠のいのちがあたえられたことを心から感謝します。このすばらしい出来事を多くの人々に伝えることができますように導いてください。

感謝して主イエスキリストの御名によってお祈りします。アーメン


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