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2021年6月26日 ディボーション

ヨブ記3章


『呪わずに、祈っていたならば?』


●学んだこと


 ヨブ記1章で、主はサタンをも支配していることを確認した。でもなぜ、主はサタンに対し、ヨブに災難を起こさせることを許可したのだろうか。

「〜神に対して愚痴をこぼすようなことはしなかった。」(1:22)

 愚痴らないヨブは清さを守ろうと必死だ。でもヤセ我慢せずに、主に対して最初っから「なにゆえですか? 御心を教えてください」と、直訴しても良かったのではないだろうか。

 2章でも、理不尽な試練が襲う。からだ中を悪性の腫れ物ができて、土器のかけらでかきむしるほどの苦痛にもだえたが、それでもヨブは「唇によって罪に陥ることはなかった。」(2:10)という。

 ハテナ? が続く。

 イエスさまのように、「エリ、エリ、レマ、サバクタニ。」(マタイ27:46)、わが神、どうしてわたしをお見捨てになったのですか、と、ストレートに叫んでも良かったのではないか?

 そして3章でヨブはついに、呪いのことばを口にする。誰に? 三人の友に? 己に? 主に? ”呪う”というのは、”祈る”の対極にあるような気がする。

 ヨブ、マズイんじゃないの?

 神さまを知らない現代人も、ヨブのように呪っているのかもしれない。

「〜神は真実な方です。あなたがたを耐えられない試練に合わせることはなさいません。むしろ耐えられるように、試練とともに脱出の道も備えていてくださいます。」(1コリント10:13)

 ヨブ、御言葉を一緒に握ろう!


●祈り


 神さま、エラそうなことを言いましたが、こんなに理不尽でひどい目にあったことのない、ぬるま湯育ちの私は、きっとあっけなく逆境に弱く、呪いの言葉を口にすると思います。非力を痛感します。

 耐えられずに悲鳴をあげたとしても、呪うのではなく、御前で祈ることができますように。どうか、真実な神さまに信仰でこたえられるよう、あわれんで力をあたえてください。

 イエスさまのお名前で祈ります。アーメン


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