2021年5月6日 ディボーション

エズラ記 7章


『恵の御手』

 神の力が人に及ぶ時、この世ではありえないと思う事も実行に移される。ペルシアのアルタクセルクセス王によりバビロン捕囚から解放され、イスラエルに戻ったエズラ。そんな彼に王は手紙を送る。

「天の神の宮のために、天の神によって命じられている事は何でも熱心に行え。」(23節)と王は語る。しかしそれは主がそのように王が語るように導いたから。

 王の心は、主の手の中にあって水の流れのよう。主はみこころのままに、その向きを変えられる。(箴言21:1)と語られるように、主は敵の心をも砕かれる方である。現代はコロナウイルスだけでなく、人の心を蝕むウイルスが沢山潜む。しかし神の御計画は常にすすめられている。

 見よ、主の手が短くて救えないのではない。その耳が遠くて聞こえないのではない。むしろ、あなた方の咎が、あなた方と、あなた方の神との仕切りとなり、あなた方の罪が御顔を隠させ、聞いてくださらないようにしたのだ。(イザヤ59:1-2)

主の恵の御手は様々な方法で与えられる。私の咎によって主の声が聞こえない‥‥とならぬようエズラのように苦難の時でも研鑽を積むなど、自分が今できる事をし将来に備える事をこの章から学ぶことができた。

●祈り

 ヤベツはイスラエルの神に呼び求めて言った。「私を大いに祝福し、私の地境を広げてくださいますように。御手が私とともにあってわざわいから遠ざけ、私が痛みを覚えることのないようにしてください。」神は彼の願ったことをかなえられた。(歴代誌第一4:10)

 愛する父なる神様、御子イエス様。今日も私たちと共にいてくださりありがとうございます。

 今日も平安のうちに目覚めることができた事はあなたの大いなる恵みです。ヤベツのようにあなたの御手によって全てが成し遂げられ、備えられ、守られますよう祈ります。イエス様の御名前を通して感謝してお捧げいたします。アーメン。


閲覧数:11回

最新記事

すべて表示

エステル記 9章 『悲しみが喜びに』 エステルの命がけの王との交渉によって逆転の人生となったユダヤの民。アダルの月 の十三日に王の命令と法令が実施された。(ユダヤ暦、アダルの月は太陽暦の2~3月頃) 「だれもユダヤ人に抵抗する者はいなかった。彼らへの恐れが、全ての民族に下ったか らからである。」2節。 ここでも神様は密かに働かれる。神だけが人の心を変えることができるのだから。 しかし、ユダヤ人の敵

エステル記8章 ハマンの企みは、見事に粉砕され、モルデガイをかけようとした木に、自らがかけられることになりました。 この出来事を、ユダヤ人を善としハマンを悪役にするような勧善懲悪的ドラマとして見るならば、まさに『半沢直樹』のような倍返しを彷彿させる痛快な結末です。そしてユダヤ人は、今も、このエステル記の出来事を記念してプリムの祭りを祝います。 しかし、これは単純にユダヤ人が善で、ハマンは悪役という

エステル記 7章 『ユダヤ民族にもいのちを与えてください』 ●学んだこと:  エステル妃の有名な名言ー。 4:16 「私は、死ななければならないのでしたら死にます。」  姿も美しく、顔だちも良く、彼女を見るすべての者から好意を受けていたエステルだが、発言は単刀直入でかなりカゲキだ。 7:3 「王様。もしも私があなた様のご好意を受けることができ、また王様がよろしければ、私の願いを聞き入れ