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2021年5月29日 ディボーション

最終更新: 5月31日

エステル記 7章 『ユダヤ民族にもいのちを与えてください』 ●学んだこと:  エステル妃の有名な名言ー。 4:16 「私は、死ななければならないのでしたら死にます。」  姿も美しく、顔だちも良く、彼女を見るすべての者から好意を受けていたエステルだが、発言は単刀直入でかなりカゲキだ。 7:3 「王様。もしも私があなた様のご好意を受けることができ、また王様がよろしければ、私の願いを聞き入れて、私にいのちを与え、私の望みを聞き入れて、私の民族にもいのちを与えてください。」  と、同胞であるユダヤ民族を救うための直訴もストレート。どの女より王様から寵愛を受けているアドバンテージが、強気な発言を支えているのだろうか。  エステルのハチの一刺しで、ハマンは自分が仕掛けた罠に自分がかかって殺されてしまう。悲劇の最期を遂げるハマンという人物の出自をたどれば、サムエル記で、サウル王がアガグを聖絶しなかったことにまで遡るという。  聖書の中の御言葉は、人知を超えて壮大につながっているのだ。御言葉は神さまの約束だから、ある時、必ず点と点でつながって、成就する。そのことをまざまざと感じないではいられない。  エステル妃は、8:5でも9:13でも「もしも王様がよろしければ~~」と、しおらしい枕詞で、大胆な要求を通してしまう。烈女ですねえ。  旧約の時代以降、ホロコーストをはじめ、反ユダヤ主義は絶えることなく現在も続いている。今、この時間もパレスチナは戦火にある。その中でユダヤ女性はレジスタンス活動で重要な役割を果たし、逮捕や処刑に屈せず、「死ななければならないのでしたら死にます。」の決意を受け継いできた。エステル妃はその元祖だ。  ユダヤ民族の歴史、痛み、根深さは、自分ごときが簡単に想像することはできない。だからこの7章以降、エスカレートするエステルの発言を、肯定することも否定することもできない。  でも自分が中途半端でも、「御心のままに」と、神さまにあずけて祈ることはできる。 ●祈り:  愛する天の神さま、あなたの御名をあがめます。エステル7章から、私が行うべき具体的なことがらはよく分かりませんでした。でも神さまの御心のままに、と祈ります。そう祈れる平安を感謝します。

 私が行うべきことがあったら今一度示してください。小さな御声でも聞ける耳にしてください。イエスさまのお名前で祈りを捧げます。アーメン

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